JAXAアカデミー・夏のホームワーク発表会を開催

10月23日、JAXA相模原キャンパスの特別公開の余韻が残る日曜の昼過ぎ、20名程度が集まったISAS内の会議室にて、宇宙教育センター主催のJAXAアカデミー・夏のホームワーク発表会が始まりました。宇宙科学研究所の尾崎直哉特任助教、臼井寛裕教授、そして地球外物質研究グループと協力して作成した夏のホームワークにはたくさんの応募があり、オンラインでの発表会の視聴参加も好評でした。このイベントの狙いや当日の様子について、インタビューしました!

北川 智子

北川 智子(JAXA宇宙教育センター長)
2022年4月1日よりJAXA宇宙教育センター長を務める。夢を追いかける姿勢を子どもたちに、学問を追求する姿勢を学生たちに伝えながら、国際的な場で地球規模課題に立ち向かえる人材を育むことを宇宙教育の目標としている。

尾崎 直哉

尾崎 直哉(宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系 特任助教)
宇宙ミッションデザイナー・博士(工学,東京大学,2018年)。世界初の超小型深宇宙探査機PROCYON(プロキオン)の開発を中心に,多くの深宇宙探査ミッションに携わる。ESA・NASA・JAXAの3機関にて修行を積んだ軌道設計のスペシャリスト。

臼井 寛裕

臼井 寛裕(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授・地球外物質研究グループ長)
博士(学術、岡山大学, 2004年)。テネシー州立大学ポスドク研究員、NASAジョンソンン宇宙センター研究員、東京工業大学で助教・特任准教授を務めたのち、現職。専門は岩石学・地球化学・惑星探査学。最近は、火星の水の起源・歴史を研究している。MMX計画ではサンプル分析チームの主査を務める。

当日の集合写真:宇宙科学探査交流棟にて

※この発表会は交流イベントの開催として、クラウドファンディング活動でいただいた資金の一部を活用させていただきました。ご寄付いただいたことに感謝いたします。

JAXAアカデミーとは何ですか?

北川: JAXAアカデミーは、今年の8月に開始したオンライン学習プログラムです。地球規模の問題を解決する上で重要な役割を果たすトピックを選択し、宇宙航空を題材にもっと学びたいと思っている人に発信します。SDGs(持続可能な開発目標)の目標の1つは、すべての人に教育の機会を提供することです(目標4)。JAXA宇宙教育センターでは、教育や学習を通じて多様なバックグラウンドを持つ人々をつなぐ機会の提供を目指していきます。今回JAXAアカデミーについて知らなかった方も、次回からぜひご参加ください。

そのコンテンツに「夏のホームワーク」を入れたこと、さらに、提出されたものをみた上で優秀作品を選び、その発表会をリアル開催する(オンラインでの中継もあった)と決めたこと、これらの経緯はどのようなものだったのですか?

北川: 最初は臼井さんとの雑談から始まりました。「いよいよ夏ですねー」と。子供たちは夏休みに入って、夏休みの自由研究はどうしようかなという話題が家庭では出るね、と。JAXAアカデミーの構想は、大学1,2年生レベルの教材という設定なので、最初はスルーだったんですけど(笑)よく考えると、夏休みこそ、宇宙に興味がある学生たちに学びの場を提供したい!と思い、夏休みの自由研究になりうる題材について考えました。
臼井さん率いるキュレーションチーム(地球外物質研究グループ)は、最近、国内外のニュースになるほど立て続けに大きな研究の成果発表をなさっています。その技術や知識は間違いなく世界のトップレベルなんですが、そのニュースの基盤にある研究に触れられる方が多くなるといいなと思いました。そこで、JAXAアカデミーはオンライン配信型のSTEAM教育*1ですので、オンラインならではの課題づくりがしたいです、と臼井さんに話を持ち掛けました。
*1STEAM教育:Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)を統合的に学ぶ「STEM教育」にArts(リベラルアーツ)を加えた教育概念で、各教科での学習を実社会で問題発見・課題解決に活かしていくための教科横断的教育手法。

私は数学と数学の歴史の研究者なんですが、これまでずっと気になっていたことに「軌道設計」がありました。どの探査にも欠かせないテクニックなので、素材としてぴったりなのですが、やはり自分でも一度は軌道設計がやってみたいという野望があり、最初の課題には、ツートップで、もうひとつ軌道設計をと思い、尾崎さんに相談し、大学1,2年生レベルの数学・物理知識まででできる軌道設計を、もうひとつの夏のホームワークに設定しました。尾崎さんが大変快く引き受けてくださったので、JAXAアカデミー創立者、個人としても、ある意味Dreams come trueでした。

JAXAアカデミーの他のコンテンツも、簡単に教えてください。

北川: 今年はあと2つ大きなオンライン配信をいたしました。ひとつは、プラネタリーディフェンス。もしも、地球に隕石が落ちてくるとなったら、どうするのか。恐竜が絶滅したように、人類も何もできずに絶滅するのか。サイエンスフィクションのような話ですが、9月26日にDART(Double Asteroid Redirection Test)というNASAのプロジェクトが、プラネタリーディフェンスに関わる最先端の惑星衝突テストを予定していましたから、地球規模課題のひとつに光を当てる形で、9月初旬にNASA, ESA, JAXAのプラネタリーディフェンス関係者に一斉に登壇していただく世界基準のウェビナーを行いました。
また、火星衛星探査計画MMXプロジェクトの発案から発展して、JAXAアカデミー・キッズとして、小学生を対象に、火星衛星探査計画MMXの最先端研究を、現場の関係者と接しながら、みんなで学ぶセッションも開催しました。なんといってもデジタル世代の小学生は、Zoomにも慣れていて、チャット欄がめまぐるしく埋まっていくという、活気のあるウェビナーになりました。

さて、「軌道設計、スイングバイ」について、依頼を受けた時の印象は?

尾崎: 正直に言うと、無茶振りを引き受けてしまったと後悔しました(笑)。関連リンクの記事にも書いていますが、「スイングバイとは何かを理解すること」の難易度がレベル1だとすると、「スイングバイを使って軌道設計をすること」の難易度はレベル50以上必要なのです。通常は何年も掛けて軌道力学を勉強して、ようやくできるようになる職人技なのです。一方、僕自身の軌道設計研究の終局的な目標として、「Googleマップで検索をするように、誰でも軌道設計ができる世界をつくりたい」と思っていました。その目標実現への一つのアプローチとして、この夏のホームワークは面白い例題になると思い、北川さんの依頼をポジティブに受け入れました。

準備において苦労したことは何ですか?

尾崎: 高校数学・物理レベルで、かつ、夏休みの短期間でできるようなホームワークに仕上げるためには、レベル50の教材を作っても間に合いません。ですので、レベル5くらいでもスイングバイ軌道設計ができるような教材が必要で、その教材準備に苦労しました。通常のスイングバイ軌道設計アプローチでは、まず「ランベール問題」「ケプラー軌道」「最適化」等の諸知識を勉強します。その上で、それらの知識を組み合わせて、ようやくスイングバイ軌道設計ができるようになるのです。レベル5くらいで設計できるようにするために、「Pythonによる力学シミュレーション」に基づいて設計するアプローチを教材にまとめました。研究開発部門の方にも動画での教材づくりをお手伝いいただきました。

提出された宿題をみた時の印象は?

尾崎: これまでにない教材を試行錯誤しながら作成したので、ホームワークを提出してもらえるのかが不安でした。教材で紹介したレベル5のアプローチは、予備知識が少なくて済むものの、専門家が使うレベル50のアプローチと比較して、軌道設計の調整が難しくなるからです。設定値を少し変更すると、スイングバイ軌道の結果が大きく変わってしまうのです。提出された宿題は、どれも期待以上のものでした。個人的には、「はじめて軌道力学やプログラミングに触れた人」からの提出があったのが、一番嬉しかったです。

発表された優秀作品は、ど真ん中を高いレベルで突っ走ったもの、宇宙分野にはない発想を導入した興味深いもの、という感じでした。

尾崎: そうですね。専門家が使うレベル50のアプローチは、ある意味、凝り固まった考えに基づいているので、優秀作品で示されたアプローチは新鮮でした。このようなアプローチを探求していくと、画期的な軌道設計手法が生まれるのではないかと期待しています。

発表会の様子:海外からの応募もあり、アメリカからオンラインでご登壇された発表者も。その様子は同時配信され、興味のある方々の元へ届けられました。

「リュウグウサンプルを研究しよう」について、依頼を受けた時の印象は?

臼井: JAXA academyからの依頼というより、北川さんが話されていたように、まさに彼女との雑談から始まりました。しかし、実はその雑談の伏線がありました。彼女との雑談の1週間ほど前に、キュレーションにテレビの取材がありました。キュレーショングループ長として、インタビュアーにリュウグウサンプルカタログの使い方を説明している時に、「夏休みの宿題にも使えます」と意図せず発した言葉に、自ら気づかされたというのが、一番最初のキッカケです。そのあと、北川さんと「面白いかも!」と盛り上がったことを覚えています。

準備において苦労したことは何ですか?

臼井: カタログ自体は無味乾燥としたもので、写真とスペクトルぐらいです。そこから、どのように宿題をこなしてもらえるか、その回答例を作るときに苦労しました。あまりしっかりとした回答例を作ってしまうと、宿題提出者の思考の幅を限定してしまうし、かといってボヤカシすぎるとそれはそれで取っ付きにくい問題なので、そのあたりの塩梅を工夫しました。

提出された宿題をみた時の印象は?

臼井: ひとこと、我々キュレーターの想像を超えていて、面白かったです。我々キュレーターは、どうしても「モノ」が目の前にあるがゆえに、その「モノ」に思考が限定されてしまっていることに気づかされました。

このテーマ設定はちょっと無理があるねという印象があったのですが、優秀作品はいずれも新しい発想からのモノでした。まっすぐ取り組むのはかなり無理でも、こういう光の当て方があるよねという感じでした。

臼井: はい、「リュウグウカタログを使って夏休みの宿題を!」というテーマ事体、最初は茫洋としたものでした。しかし、その後、北川さんや宇宙教育センターのスタッフ、若い学生のアルバイトの皆さん、キュレーターの皆さんと相談を重ねるうちに、「アカデミー部門」や「ジャーナリズム部門」など、次々とアイデアを具現化できそうな発想が生まれてきて、宿題の提案に至りました。宿題に取り組んでくださった皆さんにも感謝ですが、宇宙教育センターのスタッフやキュレーターの皆さんにも感謝です。

発表会の様子:リュウグウのデータベースを使った研究は、優秀作品からアンバサダー賞、アナリスト賞、そしてイマジネーション賞が決定しました。

発表会当日は研究設備の見学や研究者との懇談会も行い、参加者の皆さんには楽しんでいただけたのではないかと思います。企画した立場から、イベントの印象を聞かせてください。

北川: 最初の年の最初のイベントだったので、全て手探りで進んできましたが、応募作品の内容の素晴らしさに驚きました。発表された作品は、オリジナリティが高く、よく考え抜かれたものばかりで、これは大成功だった!と思っています。JAXAアカデミーの今後の課題は、オンラインの他の参加者たちとの関わりですね。もっと多くの方が参加してくれるように広めたいですし、もっと多くの方々と交流ができるように活動を広げていきたいです。

「新しい手法を使った共同研究をしたい」とか「JAXAキュレーション活動のアンバサダーに就任してもらう」とかのコメントをしていましたが?

尾崎: 軌道設計研究というのは、「軌道力学」の専門知識と「数学」「プログラミング」「最適化」「人工知能」等の知識を用いた総合格闘技的な側面があります。私は「軌道力学」の専門家ですが「数学」や「人工知能」の専門家ではありません。ですので,「数学」や「人工知能」の専門家と一緒に軌道設計研究を行うことで、革新的な研究が生まれると信じています。

臼井: はい、JAXAのキュレーション活動というと、これまでは公式にはJAXAからの発信のみで、どうしても発想の偏りが否めませんでした。JAXAスタッフとは全く異なる視点や発想で、県の観光大使のように、JAXAの魅力を発信していただければと思います。

懇談会の様子:キュレーションチームからは地球外物質研究グループの与賀田佳澄さん(写真左)にご参加いただきました。準備から審査まで、お手伝いいただいたので、入賞者の作品のことは、全てご存じでした!
懇談会の様子:最後は各課題の垣根を越えて、参加者全員で熱く語りました。

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