「魔法の方程式」で「びっくりするコンピュータ」の問題を解決!
~IEEE NSREC優秀会議論文賞受賞インタビュー:小林大輔氏~
2022年11月1日 | あいさすpeople
小林大輔氏(宇宙科学研究所 宇宙機応用工学研究系/准教授)が、2021年IEEE NSREC(Nuclear and Space Radiation Effects Conference)にて優秀会議論文賞を受賞しました!研究テーマは「半導体メモリSRAMのソフトエラー断面積曲線の物理モデル」。発表の審査・選定の後、論文の審査・選定へ続く2段階審査での厳しい選定を進み、受賞となりました。日本人筆頭での本賞受賞は1964年以降残る記録では初。筆頭著者である小林氏に、受賞の感想や研究内容についてお話いただきました!
受賞した研究の内容を教えてください。
人工衛星や探査機に搭載されるコンピュータチップは、宇宙で正確に動くために、極めて高い信頼性が求められます。中でも「ソフトエラー」と呼ばれる問題に耐えられるか、その信頼性評価は重要です。その評価を「実験」ではなく、「方程式」で言い当てようという研究を続けてきました。この国際会議では、ソフトエラーに一番弱いとされるSRAMというメモリ部品の信頼性を言い当てる方程式を発表して、評価をされました。
「ソフトエラー」とはいったいどんな問題でしょうか?
宇宙では無数の高エネルギー放射線「宇宙線」が飛び交っていて、人工衛星や探査機を制御しているコンピュータチップに宇宙線が当たると、ドキッとびっくりしたような大きな電気信号が出ます。これにコンピュータチップがびっくりして記憶を失ったり、変な動作をしたりします。これがソフトエラーです。「びっくりするコンピュータ」と私は呼んでいます。宇宙線が当たることは避けられない宇宙環境で安心してコンピュータチップを使用するには、びっくりしないかどうか、つまり、このソフトエラーを起こさないか、コンピュータチップを信頼していいかを地上で評価しておかなければいけません。
なぜ実験ではなく、方程式を使って評価しようとしているのでしょうか。
宇宙線が当たってびっくりして起こる誤作動がソフトエラーなので、信頼性を評価するには実際に模擬した宇宙線(放射線)を「当てる」のが大切です。ですが、宇宙にある宇宙線を地上で再現することはとても難しく、実験装置は限られています。その中で色んな条件で色んな宇宙線を当てて正確な評価をするには時間とお金が足りません!研究所で行うシミュレーションもありますが、こちらも時間と検証に難しさがあります。
実験をしている中で「そもそも宇宙線を当てずに信頼性を言い当てられないか」と考え、この研究を始めました。「当てずに当てる」というのは「推理小説を1ページもめくらずに犯人を言い当てるような難しさがある」と言えるほど、無茶な難題でしたが、この「魔法のような方程式」を探す研究をしてきました。
研究はどのような体制で行ってきたのでしょうか。
受賞の共著者にお名前がありますが、量子科学技術研究開発機構(QST)と、筑波宇宙センター研究開発部門(つくば研開)、宇宙科学研究所の三機関で研究を行ってきました。JAXAのマイクロプロセッサーコンピュータチップ開発の一部として、つくば研開と共同でコンピュータチップを作りながらそのデータを使ってこの方程式の研究も同時にしてきた形です。そして、宇宙線を模擬して当てる実験装置はQSTの大型加速器を使用して共同で研究を行ってきました。この三機関の中で僕は理屈を考える立場にいて、意見交換をしてきました。
「魔法の方程式」の研究状況を教えてください!
今回、方程式でどんな宇宙線にどのくらいびっくりするのか(びっくりのしやすさ)がわかる、と発表しました。今まで実験で測らなければならなかったものが、方程式で言えるようになります。ここまで長い研究でしたが、ある電気パラメータとびっくりのしやすさに良い相関があると気づいて式を見つけることができて、そこから段階的にすべてのパラメータの物理的な意味が明確になり、宇宙線を当てずに「ほとんどすべて」設計図から読み取れるようになりました。式の結果が実験結果を再現していることもわかっています。
「ほとんどすべて」とお伝えしたように、実際は、方程式の中にあと一個だけ意味はよく分かっているものの、値がすぐにはわからないパラメータがあるので、この値を言い当てられるように今まだ取り組んでいます。
今回の受賞を知った時の感想を教えてください。
想定外です!まったく想像していなかったです。はて?っていう感じですね。まだ正確な値がわからないパラメータが一個残っているので受賞はないんじゃないかと思っていました。
受賞はどなたに最初にお伝えになりましたか?
廣瀬和之先生にお伝えしました。私が着任してからずっともう十何年一緒に研究を続けてきているのですが、本年度ご退任をされる廣瀬先生とこの賞を受賞できたらいいなとずっと思っていました。間に合ってよかったです。この受賞が「大丈夫ですよ」というメッセージに…なる気がしませんね(笑)少しでも近づけるよう、精進します。
長い期間一つの研究を続けてこられたのでしょうか?
半導体とソフトエラーという観点では十何年ずっと同じことでやってきていますが、違う種類の半導体や今回のSRAM以外の電子部品の研究もやったり、この方程式の研究からちょっと外れて違うこともやって、また戻ってっていうのを繰り返してきました。そういう意味では、今回の方程式が見つかるきっかけとなった電気パラメータは、JAXAのチップを作るためのソフトエラーとは全然関係ない過程で調べられていたパラメータで、そこで教えてもらったことがこの研究に繋がりましたね!
「魔法の方程式」や「びっくりするコンピュータ」のネーミングはご自身で考えられたのでしょうか?
はい!商標登録などはしていませんが(笑) 私が考えました!とてもわかりづらい研究をしているので、みなさんに伝えるにはどうしたらいいか、どんな比喩があるか結構色々考えています。「わかりやすく伝えるため」でもありますが、自分の中で「ちょっと面白くしたい」っていうのがあって、そうすることで自分自身も楽しくやっていますね!
今後の研究について教えてください。
まずはこの「魔法の方程式」を完成させます。あと一個宇宙線を当ててみないと正確な値がわからないパラメータが残っていて、この正しい値を、宇宙線を当てずに言い当てられるように今、東京大学の学生と研究をしています。あと数年のうちに言い当てたいと思っています。そうすると提案した式の中には、宇宙線を当てないといけないパラメータは一つもなくなるので、「当てずに当てる」魔法の方程式は完成すると思っています。
「魔法の方程式」は今後どのような期待ができますか?
この方程式はSRAMというメモリ部品で使える方程式です。人工衛星や探査機には他にも色んな種類の電子部品があるので、そこにも使えるか調べていきます。
あとは、今宇宙で行われているミッションは期間が長くなってきていて、宇宙線をたくさん浴びてぐったりしてもコンピュータチップが機能し続ける技術が求められているので、そういった所にもこの魔法の方程式は使えるんじゃないかなと思っています!