「ゆとり」でつながる——宇宙研学生コミュニティ

久保 勇貴・東京大学大学院工学系研究科(現:宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系)

思い返せば僕は、なんだかんだ寂しい思いをしていたのかもしれないなあ、と思う。当時、博士課程の一年生だった。研究室の同期がみんな修士卒で就職していなくなって、いつも賑やかだった学生室には少しだけ静かな時間が多くなった気がして、それを少しだけ物足りなく感じていて、そんな時に、学生や若手の人材育成に関して意見を聞きたいと声をかけられたのだ。そうして数人の学生と学生担当の職員の方が集って、学生生活の現状を共有する意見交換会が開かれた。それが、宇宙研学生コミュニティを立ち上げるきっかけだった。

宇宙研学生コミュニティは、僕を含む学生有志で2019年度末に立ち上げた組織だ。当時の宇宙研では、学生の活動は基本的に研究グループの中だけで閉じていて、「きみっしょん*1」などの課外活動に携わっていない限りは他グループの学生と出会う機会がほとんど無い状況だった。その意見交換会で話を聞く前は僕も全然気にしていなかったけれど、どうやら人数の少ない研究室の学生や女性研究者、留学生たちは情報格差によって色々な不利益を被っていたり、孤立によるメンタルケアの問題に悩まされたりしていたようだった。言われてみれば僕だって、修士の二年間を過ごしたのに隣の部屋にどんな学生がいて何をやっているのかさえほとんど知らないという状況だった。なるほどなるほど、それなら学生が横の繋がりを作れるコミュニティがあればいろいろと解決しちゃうんじゃない?という単純な思いつきで動き出したのが、このコミュニティの始まりだった。

オンラインでの雑談交流会

学生コミュニティは、宇宙研の学生たちの自治で運営されている。と言っても何か決まった役職や仕事があるわけではない。基本的には共有のスプレッドシートに氏名やメールアドレス、専門分野、居室番号などの情報を自分で書き込んでおいて、必要あらば自由に連絡を取り合える環境を作っておくというただそれだけの集まりだ。メンバーはみんなフラットな立場で所属していて、やりたくなければ別に何もしなくたっていいし、他の学生がやっている企画に乗っかってみてもいいし、自分で立ち上げた企画に他の学生を巻き込んだっていい。いわゆる「ゆとり世代」の中で育った僕らを象徴するように、お堅い組織立ての存在しない、「ゆとり」ある集まりだ。

雑な運営だと思われるかもしれないけれど、こういう仕組みにしているのは煩雑な事務作業をできるだけサボるためでもある。世間的には学生というと「人生最後の自由時間」なんて言われていて、まぁ確かに大学院生は職員よりも身分的には自由が利くことが多いけれど、実は時間的には全く自由ではないものだ。授業を受けて、論文を読んで、ゼミをやって、研究をして、論文を書いて、高い授業料を払うためにバイトをして、就活をして、そんな休む間もない学生生活を送っている中でも片手間で続けていける仕組みであることが、このコミュニティには何よりも大事なのである。「他の学生のために運営を頑張ろう」というような慈善事業の形では片手間で長く続けることはできない。管理には最小限の労力だけかけて、自分自身の直接的なメリットになることだけを良いとこ取りして活動する、そんな欲張りなコミュニティであれたらいいなと思っている。

学生コミュニティによるオンライン特別公開番組『宇宙研の学生生活を覗き見!』
学生コミュニティによるオンライン特別公開番組『宇宙研の学生生活を覗き見!』

奇しくも、コミュニティを立ち上げたまさにその瞬間にコロナウイルスのパンデミックが起こったりなんかして色々とドタバタしたけれど(このドタバタについてはこの記事に書いた)、これまでの二年間でコミュニティメンバーたちが思い思いに活動をやってきた。理学・工学合同で「はやぶさ2」のことを学ぶ勉強会、元宇宙研の学生を先生として招いた英会話教室、ただ集まって雑談をするだけの交流会、オンライン特別公開での中高生向け番組の出展、新入生のための宇宙研ガイダンス、Slackグループでの情報共有、Googleアドベントカレンダーの製作などなど、主催者の興味関心に応じてその都度企画が立ち上がり、賛同するメンバーが集まった。

宇宙研学生によるGoogleアドベントカレンダー
学生研究交流会の周知ポスター

つい最近の2022年3月には、僕の主催で「学生研究交流会」なる企画を実験的にやってみた。学生にとっては自分の研究を知ってもらうことが一番の自己紹介だろうということで、自分の研究を「素人でも分かる10分間プレゼン」の形で発表して交流を深めるというイベントだ。研究発表ではあるものの目的はあくまで学生同士の交流なので、堅苦しい質疑応答の時間はあえて設定せず、毎セッションごとに発表者同士が互いにコメントし合うパネルディスカッションを用意したり、ランダムに小グループに分かれて雑談しあう交流セッションを設けたりした。感染拡大状況から対面での開催は叶わなかったものの、ベストプレゼンターを決める投票企画や、発表終了後の懇親会といったお楽しみ企画も工夫を凝らし、第一回にしては大成功といえる盛り上がりだった。

今年で修士を卒業した学生は、二年間の在籍期間を丸ごとコロナ禍のうちで過ごした世代だ。ピーク時には満足にキャンパスにも入れず、対面で授業も受けられず、学会出張にも行けず、研究室旅行にも行けず、研究生活の愚痴なんかをこぼしながら仲間と飲み明かすこともできなかった世代だ。オンラインの授業では、隣の席の学生と世間話をすることはできない。オンラインの学会では、質疑応答以外に参加者と話す時間は用意されていない。休憩時間になんとなく立ち話が始まることもない。意味のある時間だけが用意されていて、なんでもない時間、余白、「ゆとり」は存在しない。だから、この学生研究交流会では、そういう余白の時間を大事にできるように運営のみんなでプログラムを考えた。一対一の質疑応答ではなく発表者の周りに自然と人が集まるようにできないだろうか、発表していない人どうしでもなんとなく会話を始められるようにできないだろうか、隣の人と共同で何かの作業をやってもらうなんてのはどうだろう、オンラインだとどういう工夫ができるだろう、雑談専用のセッションを用意するのはどうだろう、パネルディスカッションで発表者に主役になってもらうのはどうだろう、懇親会はこんなウェブサービスを使ってみるのはどうだろう、いっそのことみんなでオンラインゲームをやってみるのはどうだろう、ああだこうだ、ああでもないこうでもない……。初回ということで色々な反省点もあったけれど、学生コミュニティらしい「ゆとり」あるイベントにできたのではないかと思っている。コロナ禍を抜けられないまま3月で宇宙研を去った学生も多いけれど、最後の最後にみんなと楽しい時間を過ごせてよかったと思う。

博士課程部門のベストプレゼンター・大西崇介さんの発表の様子。トーラスくんというゆるキャラが大好評。
博士課程部門のベストプレゼンター・大西崇介さんの発表の様子。トーラスくんというゆるキャラが大好評。

昔から宇宙研で働いてきた職員の方々と話すと、「最近の宇宙研は管理が厳しくなった」という声をよく耳にする。これは当然というか、社会全体が今そういう流れにあるので、研究機関としては然るべき対応だと思う。管理は管理で、とっても大切なことだ。コンプライアンスあってこその信頼できる研究機関だ。だからこそ、この学生コミュニティが、身分的に自由の利きやすい学生たちが、「ゆとり」ある雰囲気を宇宙研に補う役割を担うべきなのではないかと思っている。片手間でいいし、やりたいときにやりたいことだけやればいいと思うけれど、長く続くコミュニティであればいいなあと思う。

これまで二年間、学生コミュニティの立ち上げメンバーとして活動してきた。立ち上げの頃博士課程一年生だった僕は、思えば謎の使命感を原動力としながら動いていたような気がするけれど、それはやっぱり僕もなんだかんだ寂しい思いをしていたからなんじゃないかと思う。研究室同期がみんないなくなって、自分の研究グループの外にはほとんど知り合いがいなくて、だからやっぱり僕も慈善事業のように活動していたわけではなくて、自分自身の直接的なメリットのために活動していたのだと思う。今、僕には学生コミュニティの活動で出会ったたくさんの仲間がいて、宇宙研での生活はすっかり寂しいものではなくなった。僕もまた、この学生コミュニティに救われた学生の一人だ。僕のように、少しでも宇宙研の学生が救われるなら、このコミュニティの立ち上げメンバーとして嬉しい限りだ。


  • *1 きみっしょん:君が作る宇宙ミッション(きみっしょん)。JAXA相模原キャンパスで開催されている、高校生を対象にした研究体験型の教育プログラム。高校生は数名のチームを組んで、仲間と共に1つのミッションを作り上げる。毎年、参加者の2倍以上の大学院生がこの運営に関わり、高校生の研究のサポートをしている。
    君が作る宇宙ミッション(きみっしょん)

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執筆者

久保 勇貴(KUBO Yuki)
東京大学大学院 工学系研究科博士課程修了。工学博士。
専門は宇宙機の軌道・姿勢制御と宇宙ロボティクス。
2022年4月より、国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 宇宙航空プロジェクト研究員。
ライターとしても活動。宇宙をネタにした日常エッセイを書く。
太田出版OHTABOOKSTAND『ワンルームから宇宙を覗く』
東大発オンラインメディアUmeeT『宇宙を泳ぐひと』