新方式の宇宙重力波検出器を初めて実験的に実証
〜0.1 Hz帯重力波の高感度観測実現に向けて〜
2025年2月26日 | 論文へのGATEWAY
時空のさざ波である重力波の検出は様々な天文学的、物理学的知見をもたらします。重力波も電磁波などと同様にその周波数帯ごとに多彩な現象の観測が期待され、特に現在稼働している地上に建設された検出機では観測が困難な10 Hz程度よりも低い周波数帯を観測することでまだ見ぬ豊かな科学成果が期待されます。そのような低周波帯の高感度観測に向け宇宙で検出器を構築することが計画されています。現在、重力波の検出はレーザーを用いて鏡間距離の変化を測定する方法が主流です。中でも光共振器と呼ばれる光を増幅する機構を用いた検出器は高い感度を実現できます。光共振器型検出器は観測中、共振を維持する必要があり、従来方式では各宇宙機が備える鏡間の距離(共振器長)をナノ(10-9)メートルレベルで超精密に制御することが必要でした。そのような精密制御達成に向けた努力が続けられる一方、別方向からアプローチを試みるのが近年提案されたback-linked Fabry–Pérot interferometer(BLFPI)と呼ばれる方式です。BLFPIは共振制御をレーザー周波数だけで行うことで共振器長の超精密制御を原理的には必要としないことが特徴です。一方、BLFPIはレーザーの周波数揺らぎ(雑音)による感度の悪化という課題が存在します。この解決のため取得した信号から事後的に周波数雑音を“引き算”することが理論提案されていましたが、これまで実験的に実証されてはいませんでした。本研究は、実験室中でBLFPIを構築し周波数雑音の引き算を実証しました。雑音を最大で約1/200に低減すると共に、雑音低減率を制限する要因の分析を行い、今後のさらなる雑音低減に向けた道筋を立てました。これはBLFPIにおいて高感度の達成に不可欠な雑音引き算機能を実験的に検証した世界初の結果です。
研究概要

0.1-10 Hz帯の重力波を高感度観測することで豊かな科学成果が期待されます*1。その観測の実現に向け光共振器型の宇宙検出器が提案されています*2。光共振器とは鏡間で光を往復(または周回)させる機構です*3。以下では単に共振器と呼びます。ここで、鏡間の往復距離がちょうど打ち込むレーザーの波長の整数倍になる状態を共振と呼び、共振状態において共振器はレーザー周波数や鏡間距離の変動に対して高い感度を持ちます。光共振器型検出器はその性質を利用し重力波による共振器長の変化を検出する方式で、比較的少ないレーザーパワーでも高い感度を得られるのが特徴です。光共振器型の宇宙検出器計画として代表的なものに日本が推進するDECIGO計画があります。
光共振器型の宇宙検出器では図1のように各衛星間で3つの光共振器を構築することが計画されています。本研究で扱うback-linked Fabry–Pérot interferometer(BLFPI)と呼ばれる方式*4では1つの衛星に2つのレーザーを搭載します。この時、各レーザーの周波数は各共振器の長さから決まる共振周波数に追従するように制御され、レーザー周波数に共振器長の情報がコピーされています。ここで、それら両側に送られるレーザーを干渉させ“うなり”を取ることでそれらレーザー周波数の差分、つまり2つの共振器長の差動変動成分を取得することができます。この共振器の裏でうなりを取る部分をback-linkと呼びます。重力波は2つの共振器長に対し片側を伸ばし、もう片側を縮めるように作用するため、このうなりから重力波信号を取得することができるのです。BLFPIの1番の利点は従来法*5で必須だった超精密な共振器長制御が不要になることですが、加えて共振器長を一定に保つ必要がないため、運用中の自由な共振器長の伸び縮みも許容されます。これは軌道に応じて変化する衛星間距離の制御に対する要求が緩和され推進剤の節約に繋がり、長時間観測に貢献する可能性もあります。

BLFPI方式の課題として、レーザー自体が持つ周波数揺らぎ(雑音)によるうなり信号の汚染がありました。レーザー周波数は共振器入射前に初期安定化されており、更に共振器に追従制御することで安定化されますが、それでもDECIGOのような計画で要求されるより4桁程度大きな周波数雑音が残ってしまいます*6。その解決方法として、うなり信号に干渉計の各部分から取得した信号を共振器の応答と合わせて事後的に組み合わせ、周波数雑音を差し引く方法(以下、引き算法と呼びます)が理論提案されていましたが、実験的な実証はされていませんでした。

本研究では、宇宙機を模擬するBLFPI実験系を実験室中で構築し、実験系から取得した実データ上でレーザー周波数雑音が低減できることを実証しました。また、共振器特有の性質として、cavity pole周波数*7と呼ばれる周波数より高周波の変動成分を低減させる周波数特性があります。本実証の特色としてcavity pole周波数の周辺やそれを超える周波数帯でも雑音が引けることを確認したことがあります。DECIGOのような実際の検出器でもcavity pole周波数が観測帯域に含まれるため、その周辺周波数帯でも雑音引き算が行えることを実証できたことは重要です。表1に本実証とDECIGOの対応を示します。

実験系の概略図を図2に、実際の写真を図3に示します。本実験系は図2右側の赤枠部分に示すような一つの宇宙機とその対になる宇宙機の鏡部分に対応し、2つの共振器、2つのレーザーとそれらを共振器に共振させる制御系、そしてレーザー同士のうなりをとる部分から構成されます。共振器は、鏡の反射率などを宇宙機と同様の設計としてそのまま実験室スケールに縮小した場合、共振器内における光の滞在時間に対応するcavity pole周波数は非常に高い周波数になり現実的な測定が難しくなってしまいます。そこで、高反射、低損失の鏡を用いることで鋭い共振を持たせ、光の往復回数を稼ぐことで宇宙機に対するスケールの低下を補う設計となっています。また、2本の共振器は単一の低膨張金属スペーサーに組み込むことにより、うなりによる周波数差分を取った際に音響や温度、振動など2つの共振器に同相で働く環境由来の外乱を排除し微小な雑音に関する検証を可能にしました。
実証結果として図4に測定されたうなり信号の周波数雑音スペクトルを示します。本実験では効果的な実証を行うためにレーザー周波数を人為的に励起し大きな雑音を発生させ、それを低減できることを示しました。励起信号には113 Hzの矩形波を用いているため、引き算前のプロットには113 Hzの奇数倍周波数にピークが確認できます。一方で引き算後のプロットではcavity poleを超える周波数帯域も含めて注入ピークを引き算することができていることが分かります。本実証では励起信号の基本波周波数である113 Hzにおいて最大雑音低減率188±29(雑音を引き算前から1/188±29分の1に低減)を達成しました。また、元々のうなりのスペクトルでは実験室の環境雑音によりレーザーそのものの周波数雑音はほぼ見えていませんが、高周波においては本来のレーザー周波数雑音の影響も出ています。その高周波部分で引き算後スペクトルの高周波部分が信号注入をしていない状態よりも低減していることから、励起信号だけでなく元々のレーザー周波数雑音の引き算もできていることが確認されました。

さらに本研究では、引き算残しの定量的な評価や、その原因として考えられる各要因の影響見積もりを行い、それらの要因で実験における残差が説明できることを示し、最終的な雑音低減率の目標である104に向け改善すべき点を明確にしています。本実証結果はBLFPI方式実用化に向けた重要なマイルストーンであることに加え、光共振器型宇宙検出器の開発に新たな技術的多様性をもたらし実現可能性の向上にも寄与するものであり、将来、日本が0.1 Hz帯重力波の高感度観測を主導することにもつながり得る意義深い結果です。
用語解説
- *1 0.1 Hz帯重力波の観測で期待される科学成果:現在、米国のAdvanced LIGOをはじめとする地上のレーザー干渉計型地上検出器により90例を超える重力波イベントが報告されているが、これらはいずれも恒星質量ブラックホールや中性子星からなる連星の合体に由来する事象で10-1000 Hz程度の周波数に相当する。それより低い0.1-10 Hz 程度の帯域を観測することで、例えば地上では合体直前からしか捉えることが出来ない中性子星連星を合体の何ヶ月も前から発見し方向の特定を行い電磁波望遠鏡と情報を共有するマルチメッセンジャー観測、地上検出器で観測するより重たい中間質量ブラックホールの観測、究極的には宇宙開闢時に生成された原始重力波の直接観測など様々な成果が期待される。
- *2 宇宙検出器:地上において低周波帯では地面振動雑音が大きくなることが知られている。一方で、地上の重力波望遠鏡が主に用いる振り子による防振は低周波で効果的に働かないため高感度化が難しい。また、将来的には海洋や大気の揺らぎなどに由来する重力場変動(重力勾配雑音)も問題になり得る。これら地上由来の雑音を本質的に回避するために宇宙で検出器を構築することが計画されている。0.1 mHz-100 mHz帯を検出する欧米のLISA計画、0.1-10 Hz帯を検出する日本のDECIGO計画などがある。
- *3 光共振器:複数の鏡間で光を往復(または周回)させる機構を光共振器と呼び、特に2枚鏡の線形型共振器をFabry–Pérot共振器と呼ぶ。鏡間の往復距離がちょうど打ち込むレーザーの波長の正数倍になる状態を共振と呼ぶ。共振状態では鏡間を進む光と戻る光が互いに建設的に干渉し何度も鏡間を往復し、共振器内部でたくさんの波が重なり合う。共振状態付近で鏡位置やレーザー周波数が変化すると共振条件が崩れ、共振器からの反射光や透過光に急峻な変化が生じるので高感度なセンサーとして利用できる。
- *4 BLFPI方式の光共振器型宇宙検出器:2021年にJAXAと国立天文台の研究者により提案された。以下のリンクからコンセプトの解説アニメーションを見ることができる。https://jpsht.jps.jp/article/1-054/
- *5 従来方式の光共振器型宇宙検出器:各宇宙機が一つのレーザー光源を備え2方向に分離する方式で、Differential Fabry–PérotやFabry–Pérot Michelsonなどといった方式がある。共通光源を用いるためBLFPIで課題となる周波数雑音が差動信号取得時に同相除去されるといったメリットがある。一方で、この方式では1つのレーザーから見て共振器が2つあるため、レーザー周波数だけでは両方の共振器を制御することは出来ず、共振器長の制御も必須となる。この時、100 km-1,000 km程度の共振器長をナノメートルレベルの精度で制御する必要があり、非常にチャレンジングでもある。BLFPI方式と並行しこれらの方式も開発が進められている。
- *6 周波数雑音への要求:例えばDECIGOの前哨衛星であるB-DECIGOの場合、1 Hzにおける目標感度は2×10-23 /√Hzである。B-DECIGOでは波長515 nm(周波数~6×1014 Hz)のヨウ素安定化レーザーを用いる計画なので、目標感度より10倍程度低い雑音を要求すると10-9 Hz/√Hz程度の周波数雑音を実現する必要がある。安定化レーザーの初期安定度は0.1 Hz/√Hz程度が想定されており、それが更に主共振器への追従制御で安定化される。この際の抑圧ゲインは104-105程度が現実的と考えられるため、その時点での周波数雑音は10-6-10-5 Hz/√Hz程度となり、要求達成には更に3-4桁の雑音低減が必要となる。
- *7 cavity pole周波数:光共振器では内部で光が何度も往復することに由来し、ローパス状の周波数応答を持つ。そのカットオフに対応する周波数をcavity pole周波数と呼ぶ。本実証では共振器応答を推定し、引き算処理に実装することでcavity pole周波数以下の周波数応答がフラットな帯域だけではなく、cavity pole周波数周辺やそれ以上の周波数帯で雑音低減ができることを確認した。
論文情報
雑誌名 | PHYSICAL REVIEW D |
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論文タイトル | Experimental demonstration of back-linked Fabry–Pérot interferometer for a space gravitational wave antenna |
DOI | https://doi.org/10.1103/PhysRevD.109.022003 |
発行日 | 10 January 2024 |
著者 | Ryosuke Sugimoto, Yusuke Okuma, Koji Nagano, Kentaro Komori, and Kiwamu Izumi |
ISAS or JAXA所属者 |
杉本 良介(総合研究大学院大学物理科学研究科宇宙科学専攻、ISAS宇宙物理学研究系)、大熊 悠介(ISAS宇宙物理学研究系)、長野 晃士(ISAS宇宙飛翔工学研究系)、小森 健太郎 (ISAS宇宙物理学研究系)、和泉 究(ISAS宇宙物理学研究系) |