「かぐや」探査機、月の影領域で水氷を検出
―多様な緯度と時刻で確認―

豊川 広晴・総合研究大学院大学 物理科学研究科 宇宙科学専攻 /
宇宙科学研究所 太陽系科学研究系

月は地球に最も近い天体であり、太陽系初期の情報を保存しています。そのため、月の形成初期から現在までの水環境の進化を理解することは、地球の水の起源の理解に役立ちます。これまでの研究から、月では現在も1日(地球の約1ヶ月)のうちに水が数100 kmにわたって大きく移動していることが示唆されてきました。このような移動した水は、様々な緯度にある低温の影領域の表面で一時的に多く吸着することが理論的に予測されてきましたが、実際の存在状態や量はよくわかっていませんでした。このような影領域における水の挙動は、月での水の移動プロセスを理解する上で重要です。本研究では、月の様々な緯度の影領域で水がどのように存在しているかを解明するため、JAXAの月周回衛星「かぐや」(SELENE)の近赤外スペクトルデータを解析しました。その結果、月の赤道付近を含む様々な緯度での影領域に水氷粒子が存在することを初めて明らかにしました。この発見は、月の極域の永久影だけでなくどこにでも水があり、その移動が現在も進行していることを支持する成果です。さらに、月面での水の移動プロセスにも新たな理解をもたらします。

研究概要

図1
図1:青い四角形領域は今回調査された領域。これらすべての領域内の影で水氷が発見された。

月は地球に最も近く、太陽系初期の情報を保存する天体であるため、月の水の起源を明らかにすることは、未だ解明されていない地球の水の起源を理解する上で重要です。アポロ計画以来、これまで月には水はほとんどないとされてきましたが、過去15年ほどの多数の研究から、月には従来の説よりも水が豊富に存在することが明らかになってきました。

図2
図2:水氷の吸収特徴を示した影領域データの平均スペクトル。水氷の吸収特徴である1.25 µm付近と1.5 µm付近での吸収が確認できる。

水は揮発性が高い*1ため、大気のほとんどない月の表面では蒸発と吸着を繰り返し、現在も1日(地球の約1ヶ月)のうちに、数100 kmもの距離を移動していると考えられています。このように月の水環境は現在も進化し続けているため、月初期の情報を復元するためには、この水の移動プロセスを詳細に理解する必要があります。これまでの研究から、移動した水は様々な緯度にある低温の影領域で一時的に多く吸着することが理論的に予測されてきましたが、その実際の存在状態や量はよくわかっていませんでした。
本研究では、月の様々な緯度の影領域で水がどのように存在しているかを解明し、月面での水の移動プロセスの理解を進めるため、JAXAの月周回衛星「かぐや」(SELENE)*2の近赤外分光データを解析しました。

水は近赤外線の特定の波長範囲で光を吸収するため、近赤外線スペクトルデータ*3が水の存在を調べる上で重要になります。本研究では、「かぐや」に搭載された「スペクトルプロファイラ(SP)」*4という観測機器で取得された近赤外線スペクトルデータを解析しました。他探査機で観測されたスペクトルデータと比べて低ノイズ・高波長解像度であるSPデータに注目することで、これまで他データでは難しかった光量の少ない影領域での水分布調査が可能になりました。

図3
図3:観測から推測される水氷の存在イメージ図。観測スペクトルの形状から、(a)氷の霜層が影領域を覆っている場合と(b)水氷が月面上を浮遊している場合が考えられる。

様々な緯度・経度・地質的背景を含む、60個の緯度10º x経度 10ºのエリアで取得されたSPデータを解析した結果、全てのエリア内の様々な時刻の影領域で水氷の存在を示すスペクトルの特徴が確認されました(図1、2)。また、観測されたスペクトルには月面の主要鉱物の吸収特徴が見られないことから、氷の霜が月面の影領域を覆っているか、氷が月面上を浮遊していることが示唆されました(図3)。さらに、観測されたスペクトルをもとに、氷の量は10-4–10-3 [kg/m²]ほどであると推定されました。

本研究は、月の極域の永久影領域*5だけでなく様々な緯度の影領域にも水氷が存在することを世界で初めて確認しました。この成果は、月面で移動する水の起源やその移動メカニズムなど、月における水環境の進化の理解を大きく進めると期待できます。また今後多くの国や企業が月着陸探査を進めるなかで、本研究は極域のみならず中低緯度での水の詳細な調査も後押しするでしょう。

用語解説

  • *1 揮発性が高い:蒸発して気体になりやすい。
  • *2 月周回衛星「かぐや」(SELENE):2007年に打ち上げられたJAXAの月周回探査機。14の観測機器を搭載し、2009年まで科学観測を続けた。
  • *3 近赤外線スペクトルデータ:月面における太陽光の反射光のうち、近赤外線(波長範囲:0.7–2.5 µm)で波長ごとの反射率(光が反射する割合)を表したデータ。水や特定の鉱物は近赤外線に特有の吸収特徴を示すため、近赤外線スペクトルは天体表面の組成分布を調査するために利用される。
  • *4 スペクトルプロファイラ(SP):月表面の組成を解明することを目的とした、「かぐや」に搭載された近赤外線連続分光観測装置。波長解像度が6–8 nmと高く、また他探査機のデータと比べてノイズも小さい。空間解像度は500 m x 500 m (探査機高度が100 kmの時)。
  • *5 永久影領域:月の北極・南極周辺のクレーター内に存在する、昼間になっても太陽光が当たらない領域。太陽光が当たらないため、常に低温(約-170℃以下)状態である。

論文情報

雑誌名 Earth and Planetary Science Letters
論文タイトル Water Ice Particles detected by SELENE’s Spectral Profiler at Lunar Shadowed Regions in Various Local Times and Latitudes
DOI https://doi.org/10.1016/j.epsl.2024.119065
発行日 2024/10/15 (オンライン公開), 2024/12/15 (掲載号発行)
著者 Kosei Toyokawa, Junichi Haruyama, Takahiro Iwata, Hitoshi Nozawa
ISAS or
JAXA所属者
豊川 広晴(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)、春山 純一(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)、岩田 隆浩(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)、野澤 仁史(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)

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執筆者

豊川 広晴

豊川 広晴(TOYOKAWA Kosei)
2020年3月 神戸大学 理学部 惑星学科卒業。
2020年4月~現在 総合研究大学院大学 物理科学研究科 宇宙科学専攻 / JAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系に所属。
2023年8月~2024年8月 イタリアのパドヴァ大学にて研究留学。