合体直前の2つの超大質量ブラックホール!?:複雑な広輝線プロファイルの起源に迫る
2024年6月14日 | 論文へのGATEWAY
大多数の銀河中心には太陽の100万倍以上の質量を持った超大質量ブラックホール(SMBH)*1が存在することが多くの研究で明らかになっています。銀河同士が衝突合体を繰り返し銀河が進化していく中で、複数のSMBHがバイナリ*2を形成することが考えられます。SMBHバイナリが合体するまでのタイムスケールは理論的には宇宙年齢に匹敵する("the final parsec problem"と呼ばれる)ため、我々が観測したセイファート1銀河*3のSDSS J1430+2303は、そのSMBH同士が数年以内というタイムスケールで合体する可能性があることが示唆された特異かつ希少な天体です。本研究では、京都大学「せいめい望遠鏡」の分光装置KOOLS-IFUを用いてSDSS J1430+2303を1年に渡って分光観測することで複雑化したHα*4輝線(6300-6800 Å)の起源を明らかにしました。
研究概要
2つの超大質量ブラックホール(SMBH)が軌道運動することで周囲に及ぼす影響は、理論やシミュレーションによって広く議論されています(図1)。今回の観測対象であるセイファート1銀河のSDSS J1430+2303は、その中心に位置するSMBHに大量の物質が降着*5することで、非常に明るい連続光*6が生成され、その連続光によって照らされた原子や分子、イオンが様々な領域から輝線を放射していることが観測されています。SMBHがバイナリを形成している可能性のある兆候の一つに、準周期的*7な光度変動があります。これは、2つのSMBHが軌道を周回することで降着する物質の量が変化し結果的に放射される光の量が変化するためです。SDSS J1430+2303で観測された光度変動周期の減衰は、バイナリ軌道の周期が短縮していることでSMBHが合体するまで数年以内ということが示唆されました。
2004年にアメリカに建設された地上2.5m望遠鏡が行なった最大規模の可視光の撮像分光観測のサーベイの一つであるSDSSによって分光されたHα領域のスペクトルを見ると、セイファート1銀河の典型的な特徴を示していましたが、近年になって活発化したHα輝線は、他に例を見ないほど複雑に広がったスペクトル(Central broad componentおよびDouble-peaked component)を示しました(図2)。本研究では、これらの起源を明らかにするために国内最大の主鏡3.8mを持つ京都大学「せいめい望遠鏡」を用いてフォローアップ観測を1年に4度行いました。そして、複雑なHα輝線が放射される領域を特定するために、連続光の変動の時間差を利用しました。光の伝達速度(約30万km/s)が存在することを考慮すると、輝線と連続光の変動の時間差から放射源のおおよその位置を推定することが可能です。その結果、連続光に対して有意な変化を示したCentral broad componentは連続光源から離れた位置から放射されていることが示されました。一方、Double-peaked componentは観測期間を通じて有意な変化がなく、これはSMBH近傍から放射されていることを示しています。すなわち、Central broad componentはセイファート1銀河で観測できる幅の広がった輝線と同じ領域であることが明らかになり、Double-peaked componentはCentral broad component より内側に存在する降着円盤が起源である可能性が示されました。
今後、さらに複雑なスペクトルが変動を起こす可能性もあるので継続してSDSS J1430+2303を観測することでSMBHの合体に関する新たな知見を得たいと考えています。
用語解説
- *1 超大質量ブラックホール(SMBH):ブラックホールは物質だけでなく、光も脱出できないほど高密度な天体である。ブラックホールは質量によって慣例的に呼ばれる名称があり、太陽の数倍程度のブラックホールを恒星質量ブラックホール、太陽の千~十万倍程度を中間質量ブラックホール、そして百万~十億倍程度を持った超大質量ブラックホールもしくは超巨大ブラックホールと分類される。
- *2 バイナリ:連星系のこと、ただブラックホールは星なのかという波紋を呼びそうなのでここでは連星ではなくバイナリと表記。
- *3 セイファート銀河:明るい中心核と通常の銀河と明らかに異なる連続光*6や輝線を示す銀河。幅の広い輝線と狭い輝線が見えるセイファート銀河は1型、狭い輝線のみしか見えないセイファート銀河は2型と分類される。
- *4 Hα:水素原子が放射する輝線の一つ。特定のエネルギー準位を電子が遷移する際に発生するスペクトル線であり、中心波長は656.3 nmに対応する。
- *5 降着:中心にある重い天体(中性子星、ブラックホールなど)の重力によって周囲から物質が、落下してくること。降着する物質は、中心天体の周囲を公転しながら円盤上の構造(降着円盤)を形成する。また降着する物質は重力エネルギーを失うことに伴って電磁波に変換される。
- *6 連続光:ある波長範囲でどの波長でも一定の強度があるスペクトル、輝線ではない。今回はSMBH近傍から放射される連続光と銀河から放射される連続光の二つが組み合わさっているが、変動を起こすのはSMBH近傍から放射される連続光である。この連続光と輝線の放射されている領域が離れている場合、連続光と輝線の強度変化にタイムラグが生じる。
- *7 準周期的:強度変化に周期性はあるが不安定であること。
論文情報
雑誌名 | Publications of the Astronomical Society of Japan |
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論文タイトル | The variability of the broad line profiles of SDSS J1430+2303 |
DOI | https://doi.org/10.1093/pasj/psad083 |
発行日 | 12 January 2024 |
著者 | Atsushi Hoshi, Toru Yamada, and Kouji Ohta |
ISAS or JAXA所属者 |
星 篤志(東北大学大学院理学系研究科、ISAS宇宙物理学研究系)、山田 亨(ISAS宇宙物理学研究系、東北大学大学院理学系研究科) |