元素組成観測から解き明かす火星衛星の形成過程―フォボスの元素組成モデルを用いたMMX MEGANEの観測性能評価―

平田 佳織・宇宙科学研究所 太陽系科学研究系/東京大学 理学系研究科 地球惑星科学専攻

月の研究によって地球の歴史が明らかになってきたように、火星衛星の研究は衛星そのものだけでなく火星の歴史の理解にも繋がります。2つの火星衛星フォボスとダイモスの形成過程については、これまで、天体表面の色や地形を根拠とする「小惑星捕獲説」や公転軌道の特徴を説明する「巨大衝突説」が提唱されてきましたが、その議論に未だ決着はついていません。JAXAの火星衛星探査計画MMXは、様々な科学観測とフォボス表面から採取するサンプルの地上分析を組み合わせることにより、火星衛星の形成過程を解明することを目的としています。本研究では元素組成に注目し、形成過程の違いを見分けることを目指しました。異なる形成過程を経験したフォボスがそれぞれどのような元素組成を持つことになるかについて、火星表面や隕石の元素組成データベースを用いてモデル化し、それらが相互にどの程度重なり合う、あるいは異なるかを明らかにしました。本研究の結果は、MMX搭載の元素組成観測装置MEGANEを用いると70%の確率で形成仮説が判別できることを示唆し、他の搭載機器による科学観測と併せて、MMXの科学目標の達成に大いに貢献すると期待されます。

研究概要

2つの火星衛星フォボスとダイモスは、これまで火星探査機や地上望遠鏡を用いて研究されてきましたが、その形成過程は未だ明らかになっていません。有力な形成仮説として、火星近傍を通過した小惑星が重力捕獲されたとする「小惑星捕獲説」や火星への天体衝突により宇宙空間に放出された塵やガスが再集積*1して形成されたとする「巨大衝突説」が提唱されています(図1)。これらの形成仮説を見分ける上で鍵となるのが、元素組成です。捕獲説の場合、火星衛星は捕獲された小惑星に相当する組成をもつことが想定されるのに対して、衝突説の場合は火星組成(バルク・シリケイト・マーズ組成*2)と衝突した天体の組成の中間的な組成をもつと考えられます。火星衛星の起源解明を目指すJAXAの火星衛星探査計画MMXでは、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学応用物理研究所(Johns Hopkins Applied Physics Laboratory)で開発されたガンマ線中性子線分光計MEGANE*3を用いた、フォボスの表層1メートル以内の平均元素組成の測定が計画されています。本研究では、MEGANEの観測誤差や捕獲された、あるいは衝突した小惑星の種類や組成の未確定性などの現実的な条件を考慮して、MEGANEにより観測されるフォボスの元素組成から形成仮説を判別することを目指しました。

図1
図1. 火星衛星の形成仮説と火星衛星を構成する物質。(左)小惑星捕獲説:火星近傍を通過した小惑星が重力的に捕獲され火星を公転する衛星になる。捕獲された小惑星に由来する物質が火星衛星を構成すると考えられる。(右)巨大衝突説:火星への巨大衝突により発生した周火星円盤物質が再集積して火星衛星を形成する。衝突天体由来の物質と火星から掘削・放出された物質の混合物が火星衛星を構成すると考えられる。

まず、フォボスの元素組成を火星組成と小惑星組成の混合(捕獲説の場合は火星成分0%+小惑星成分100%;衝突説の場合は火星成分50%+小惑星成分50%)により表現するモデルを考案しました(図2)。2つの形成仮説、さらに、小惑星組成として12種類のコンドライト*4質組成を仮定し、合計24パターンの異なる形成過程を経験したフォボスのモデル元素組成が互いにどのように重なり合う、あるいは異なるかについて、MEGANEで測定可能な6種類の親石元素*5(鉄、ケイ素、酸素、カルシウム、マグネシウム、トリウム)に着目して調査しました。

図2
図2. フォボスの元素組成モデルの概念図。フォボスの元素組成を、火星の組成(赤)と小惑星の組成(青や緑)の混合によって表現する。捕獲説の場合、フォボスの組成は捕獲された小惑星に相当するコンドライト隕石の組成になると考える。一方、衝突説の場合、衝突した小惑星に対応するコンドライト隕石の組成と火星組成の中間的な組成になると考える。複数の種類のコンドライト組成を考えると、捕獲説と衝突説のどちらでも説明できるような組成(矢印)が存在することになる。

MEGANEにより観測されるフォボスの元素組成から形成仮説の判別が可能かどうかについては、その観測誤差に依存して変化することが定量的に示され、現在想定される観測誤差(20-30%)を仮定した場合、70%程度の確率で捕獲説と衝突説を判別できることが明らかになりました(図3)。さらに、形成仮説が決定できた場合には、50%程度の確率で捕獲された、あるいは衝突した小惑星の種類を12種類の中から一意に決定できるということも示唆されました。

図3
図3. 仮想的なフォボスの鉄・ケイ素(Fe-Si)組成とそれを説明できる形成仮説の関係(MEGANEの観測誤差0-30%の場合)。本研究は、MEGANEにより観測されるフォボス組成を、[1]捕獲説のみによって説明できる組成(黄色)、[2]衝突説のみによって説明できる組成(青)、[3]両方で説明できる組成(グレー)、[4]どちらでも説明できない組成(黒)の4種類に分類した。MEGANEの観測から形成仮説が決定される([1]または[2])割合を「MEGANEの形成仮説判別性能」として定量化した。

本研究が提案するフォボスの元素組成モデルとデータ解析方法は、将来MMXにより実際に取得されるMEGANEの観測データに適用することができます。その際には、MMXによる別の科学観測結果に基づいて捕獲・衝突天体の種類を追加あるいは限定するなど、形成過程の理解を深めるための応用も考えられます。このように、MEGANEによるフォボスの元素組成観測は、MMXの他の科学観測と併せて、火星衛星の起源解明に大いに貢献することが期待されます。

用語解説

  • *1 再集積:衝突によって放出された塵やガスが重力によって集まり、再びまとまること。
  • *2 バルク・シリケイト・マーズ組成:火星のケイ酸塩質部分、すなわち、岩石により構成される地殻とマントルの平均組成のこと。火星衛星の巨大衝突説では、バルク・シリケイト・マーズに対応する、火星の地殻とマントルの物質が天体衝突による宇宙空間へ放出され、火星衛星の一部を構成することになると予測されている。
  • *3 MEGANE:MMX探査機に搭載されるガンマ線中性子線分光計(Mars-moon Exploration with GAmma rays and NEutrons)の通称。天体表面に宇宙線が入射することで表面物質(を構成する元素)から生成されるガンマ線や中性子線を検出することで、その元素組成を測定する。
  • *4 コンドライト:石質隕石(金属ではなくケイ酸塩鉱物を主成分とする隕石)のうち、コンドリュールと呼ばれる粒状の組織を内部に含むもの。マグマ状に溶融したケイ酸塩鉱物が急冷されることにより形成されたと考えられるコンドリュールが再度溶融することなく保存されていることから、高温による分化を経験していない始原的な天体が母天体であるとされる。
  • *5 親石元素:天体が均質な溶融状態から分化する過程で、岩石(ケイ酸塩)相に集まりやすいと考えられる元素(ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素など)。親石元素のほかには、鉄とともに金属相に濃集しやすい親鉄元素、気体になりやすい親気元素などがある。

論文情報

雑誌名 Icarus
論文タイトル Mixing model of Phobos’ bulk elemental composition for the determination of its origin: Multivariate analysis of MMX/MEGANE data
DOI https://doi.org/10.1016/j.icarus.2023.115891
発行日 2023年11月24日(オンライン公開)、2024年3月1日(掲載号発行)
著者 Kaori Hirata, Tomohiro Usui, Ryuki Hyodo, Hidenori Genda, Ryota Fukai, David J. Lawrence, Nancy L. Chabot, Patrick N. Peplowski, Hiroki Kusano
ISAS or
JAXA所属者
平田 佳織 (宇宙科学研究所 太陽系科学研究系), 臼井 寛裕 (宇宙科学研究所 太陽系科学研究系), 兵頭 龍樹 (宇宙科学研究所 太陽系科学研究系), 深井 稜汰 (宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)

関連リンク

執筆者

平田 佳織

平田 佳織(Kaori HIRATA)
東京大学 理学部 地球惑星物理学科 卒業、2020年4月より東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻(現在 博士課程3年)/宇宙科学研究所 太陽系科学研究系に在籍。2023年8月より、欧州宇宙機関(ESA)欧州宇宙天文学センター(ESAC)にて国際客員研究員として研究修行中。