MeV ガンマ線帯域では背景事象がこんなにも多い?
電⼦⾶跡検出型コンプトンカメラが救世主となる!
‒ 豪州気球実験SMILE-2+で明らかになった背景事象と電⼦⾶跡検出型コンプトンカメラの有⽤性 ‒

池田 智法・京都大学大学院理学研究科 JSPS特別研究員PD

SMILEグループの目的は、独自技術のガンマ線イメージング検出器「電子飛跡検出型コンプトンカメラ(ETCC)」を使って宇宙MeVガンマ線を観測し、人類がまだ見たことのない宇宙の描像を解き明かすことです。宇宙MeVガンマ線観測では微小な宇宙MeVガンマ線信号を多量の背景事象の中から検出する必要があり、背景事象の理解が重要な課題となっていました。本論文では、2018年豪州気球実験SMILE-2+のフライトデータを解析することで、宇宙線が大気物質と反応して生成される大気ガンマ線、宇宙線が検出器の物質と反応して生成された2次的なガンマ線、シンチレータ検出器内部の放射性物質から背景事象が構成されることを明らかにしました。さらに、コンプトン散乱電子の飛跡情報を活用すれば、これらの背景事象を強力に除去できることを証明しました。これは望遠鏡の設計における重要な指針となり、世界中で挑戦しつつも20年以上停滞したMeVガンマ線天文学の突破口となる成果です。

研究概要

図1
図1: (左)科学気球を用いた宇宙MeVガンマ線観測のイメージ図。ゴンドラの中にETCCが搭載されている。高度約40kmの実験環境では、宇宙線やその2次粒子、大気ガンマ線などさまざまな背景事象が検出器に入射してくる。(右)ゴンドラの中に搭載されたETCCで、ガンマ線がコンプトン散乱しているイメージ図。ETCCはガス飛跡検出器とGSOシンチレータアレイで構成されており、電子飛跡や散乱ガンマ線のエネルギーなど、コンプトン散乱反応におけるすべての情報を収集する。GSOシンチレータには238U放射性物質が含まれており、崩壊して生成されたアルファ線も背景事象となる。

わたしたち人類は、マイクロ波・可視光・X線*1といったさまざまな波長の光による宇宙の撮像に成功してきました。しかし、X線よりもさらに3桁も高いエネルギーを持った光であるMeV*2ガンマ線による全天撮像は、この20年間進展がありません。なぜなら、MeVガンマ線は集光することが難しいため、反射鏡を使った望遠鏡が製作できないからです。その上、高高度の気球実験環境や衛星実験環境では、撮像画像の中に「ゴミ」となる背景事象が大量に混入します。例えば、宇宙線*3が大気物質と反応して生成される大気ガンマ線や中性子などの2次的な粒子、宇宙線が検出器の物質と反応して生成されるガンマ線、検出器の物質内部に混入している放射性物質などです(図1左)。MeVガンマ線を用いた宇宙の観測において成功を収めたCOMPTEL実験*4は、背景事象を除去できる工夫を施していましたが、予想以上に背景事象が多く、期待していた性能を発揮することが難しい状況でした。次世代の観測では、これまで以上に信号と背景事象を効率よく分別できるガンマ線イメージング検出器が求められています。

この問題を解決するために、わたしたちは電子飛跡検出型コンプトンカメラETCC *5(図1右)を独自に開発してきました。この検出器の最大の特徴は、コンプトン散乱*6した電子の反跳方向を測定できることです。これによって、「α角検定」*7と呼ばれる分別手法を用いて、コンプトン散乱したガンマ線のみを抽出することができます。宇宙線や放射性物質由来のほとんどの背景事象は検出器内でコンプトン散乱しないため、効率的な背景事象の削減が期待されます。

図2
図2: (左)気球実験での背景事象のエネルギースペクトル。黒点はSMILE-2+の観測データを示す。赤線、青線、緑線のヒストグラムはシミュレーションで見積もられた背景事象を示し、それぞれ偶発事象、宇宙線、大気ガンマ線からの寄与を示す。黒のヒストグラムはそれらの足し合わせを示す。(右)信号雑音比のエネルギー依存の図。ここでは、信号をETCCでコンプトン散乱をした事象、雑音をコンプトン散乱していない背景事象で定義している。黒線と赤線はそれぞれα角検定を適用しないとき、したときの信号雑音比を示している。

本研究では、2018年にオーストラリアで行われた、ETCCを用いた宇宙MeVガンマ線観測気球実験SMILE-2+のフライトデータを解析し、高度約38kmにおけるMeVガンマ線帯域の背景事象を調査しました。背景事象が何から構成されているかはシミュレーションによって見積もることが可能です。私たちは気球のゴンドラや検出器などのモデリングを詳細に行い、粒子輸送シミュレーションGeant4*8を用いて、背景事象がETCCで検出されてしまう事象数を見積もりました。エネルギースペクトルの結果が図2左になります。フライトデータの背景事象は、大気ガンマ線(緑線)、宇宙線由来のガンマ線(青色)、偶発事象(赤色)で説明できることがわかりました。特にこの偶発事象とは、ETCCを構成するGSOシンチレータ検出器*9に含まれる放射性物質からのアルファ線と、大気ガンマ線が同時に検出される事象を意味します。さらに、この実験を再現したシミュレーションデータを用いて、α角検定が信号雑音比を向上させるかを調べたところ、原理的におおよそ1桁の感度向上が可能であることがわかりました(図2右)。

本研究成果から、ETCCは気球実験環境における背景事象の多くを除去できる潜在的性能を持っているといえます。宇宙MeVガンマ線帯域はゴミだらけですが、ETCCは「クリーン」な撮像によって、人類がまだ見たことのない宇宙の側面を映し出してくれるでしょう。

用語解説

  • *1 マイクロ波はおおよそ0.001~1m、可視光は数百nm、X線はおよそ0.01~1nmの波長を持った電磁波。
  • *2 100万電子ボルトに相当するエネルギーの単位。
  • *3 宇宙空間に存在する高エネルギー粒子。90%が陽子、約8%がアルファ線である。
  • *4 宇宙のMeV領域ガンマ線を撮像することを目的にした実験。1991年にNASAによって打ち上げられたCGRO(Compton Gamma Ray Observatory)に搭載された。
  • *5 ガンマ線の到来方向を決定可能な検出器。ガス飛跡検出器と、シンチレータ検出器で構成される。入射ガンマ線がガス検出器でコンプトン散乱した際の情報をすべて記録する。ガス検出器で荷電粒子の飛跡を取得していることで、粒子識別による背景事象の除去も可能である。
  • *6 電磁波と電子との非弾性散乱(散乱前後で光の波長が変化する散乱過程)。電磁波が電子と衝突することで、電磁波は一部のエネルギーを失い、電子は運動エネルギーを獲得する。
  • *7 コンプトン散乱事象における、散乱ガンマ線と電子の反跳方向のなす角をα角と定義している。α角は検出器で得られた散乱ガンマ線とコンプトン散乱電子のエネルギー情報を用いて、コンプトン散乱の運動方程式を解くことで計算することができる。一方で、コンプトン散乱電子の反跳方向と散乱ガンマ線の散乱方向が検出できれば、幾何学的に計算できる。この2通りの方法で求めたα角が一致していれば、コンプトン散乱事象であることを保証できる。
  • *8 モンテカルロ法によって、物質中の粒子の飛跡をシミュレーションするためのソフトウェア。
  • *9 放射線を吸収して蛍光を発光する特性を示す物質であるシンチレータを用いた放射線検出器。GSOは化学式でGd2Si2O7を示す。

論文情報

雑誌名 PHYSICAL REVIEW D
論文タイトル Background contributions in the electron-tracking Compton camera aboard SMILE-2+
DOI https://doi.org/10.1103/PhysRevD.108.123013
発行日 8 December 2023
著者 Tomonori Ikeda, Atsushi Takada, Taito Takemura, Kei Yoshikawa, Yuta Nakamura, Ken Onozaka, Mitsuru Abe, Toru Tanimori, and Yoshitaka Mizumura
ISAS or
JAXA所属者
水村 好貴(宇宙科学研究所 学際科学研究系 助教)

関連リンク

執筆者

池田 智法(IKEDA Tomonori)
神戸大学博士課程修了後、京都大学大学院理学研究科・JSPS特別研究員PD

ISAS共著者からひとこと

MeVガンマ線は原子核の貴重なプローブとなるため、宇宙のどこでいつどのような元素が生成されたのか、そこで起きている物理現象は何かを知る強力な手がかりとなり、多くの研究者にその観測が待望されています。
本研究では、ETCCを搭載した豪州気球実験SMILE-2+のフライトデータとシミュレーションを丁寧に比較しています。世界で初めて全単射撮像*を成功させたMeVガンマ線カメラETCCは、過去最高感度で全天探査したCOMPTELよりも雑音事象を数十分の1に低減していますが、それでもまだ課題となる雑音ガンマ線・背景事象の構成とその弁別方法を分析して、停滞するMeVガンマ線天文学の突破口を示したものです。
世界中でMeVガンマ線観測を進めようとする計画が生まれては立ち消えている状況ですが、日本発の検出器技術を用いた日本の大気球実験による本成果は、世界中の計画チームの1歩先を示した有益な望遠鏡設計の根幹的指針となり、これから世界を牽引できるMeVガンマ線天文学の救世主となる成果です。

  • * 光子1つ毎の情報を測定データ1事象から一対一対応で決定できる撮像方法。

水村 好貴(MIZUMURA Yoshitaka)
宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所・学際科学研究系助教。専門はガンマ線天文学,気球工学。東海大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。博士(理学)。京都大学大学院理学研究科研究員,京都大学宇宙総合学研究ユニット特定助教などを経て,2019年より現職。専門以外にも,宇宙開発利用を担うグローバル人材育成のための宇宙学拠点の構築,有人宇宙活動のための総合科学教育プログラムの開発と実践,高放射線場環境の画像化による定量的放射能分布解析法の研究開発など,幅広い研究活動経歴を持つ。