効率の良い電磁波動成長の理論を観測で実証 ~宇宙空間で電子からプラズマ波へのエネルギー供給を直接捉えた~

北村 成寿・名古屋大学 宇宙地球環境研究所

宇宙空間を満たすプラズマの密度が非常に低く、粒子同士の衝突がほぼ起きない状態では、電場や磁場の力によって荷電粒子の加速や散乱が起き、特にプラズマ波動と呼ばれる電場や磁場の波を介するものが効率的な過程として働いていると考えられています。本論文ではアメリカ航空宇宙局(NASA)のMagnetospheric Multiscale (MMS)衛星編隊に搭載された低エネルギー電子計測装置と電磁場の計測データを中心とした解析によって、地球の固有磁場に支配される領域(磁気圏)と太陽風の境界の宇宙空間において電子がホイッスラーモード波動と呼ばれるプラズマ波動にエネルギーを供給している現場を捉え、非線形成長と呼ばれる効率的な波動の成長が起きていることを明らかにしました。ホイッスラーモード波動は、磁気圏内で放射線帯の粒子加速に寄与したり、電子を散乱して脈動オーロラの粒子降り込みを引き起こしたりするなど、宇宙空間での粒子加速や散乱に重要な役割を果たしていると考えられる波動ですが、その効率的な成長に寄与するエネルギー供給が宇宙空間において直接的に捉えられたのは初めてとなり、宇宙空間での粒子加速・散乱、電磁波の生成過程の理解を進展させることが期待されます。

研究概要

図1
図1:地球磁気圏と本研究で観測を行った領域(本研究では太陽側の磁気シース領域と磁気圏の境界付近での観測結果を2例報告した。1例は磁気リコネクションの近傍で1例は磁気圏のすぐ外側の磁気シース内部。)

地球からの高度が数千から数万kmに達すると、宇宙空間を満たすプラズマの密度が非常に低くなりプラズマを構成する荷電粒子同士はほぼ衝突しなくなります。このような無衝突状態では、電場や磁場の力によって荷電粒子の加速や散乱が引き起こされています。その中でも特にプラズマ波動と呼ばれる電場や磁場の波を介するものが宇宙空間の様々な領域で効率的な過程として働いていると考えられています。本研究では、MMS衛星編隊*1磁気リコネクション*2付近と磁気シース領域(図1)において電磁波の一種であるホイッスラーモード波動*3(図2)を観測し、低エネルギー電子計測装置と電子ドリフト計測器によって過去に例のない高時間分解能で電子を観測したデータに対し波動粒子相互作用直接解析の手法(WPIA)*4を適用し解析しました。その結果、効率的な波動成長(非線形成長*5)が起きうる条件に合致し、サイクロトロン共鳴*6という過程によって一部の電子が波動へエネルギーを受け渡していることを示す特徴的な電子の分布の不均一(ジャイロ非等方)が生じていることを初めて詳細に観測実証しました。この成果は、宇宙空間の様々な領域で生起しているホイッスラーモード波動を含む電磁サイクロトロン波動に、非線形成長が重要な役割を果たしていることを直接的に示す先駆けとなります。本研究で扱ったホイッスラーモード波動については現在JAXAの「あらせ」衛星が観測を継続している磁気圏内に限っても、放射線帯の相対論的高エネルギーへの電子加速(電子が人工衛星の内部に到達し、衛星に障害を与えることがあるため、加速された高エネルギー電子をキラー電子と呼ぶ場合もある)、高エネルギー電子の大気への降り込み、脈動オーロラ*7の生成など多様な現象に関連しており、このような様々な宇宙プラズマ現象の理解に新たな裏付けを与えます。WPIAの解析手法は、検討中の将来電磁気圏複数衛星探査計画FACTORS*8での地球大気からのイオン流出過程(プラズマ波動によるイオン加速)の研究や、木星探査計画JUICEによる木星圏での波動粒子相互作用の研究などでも活用が期待されており、今回の成果を土台として、多様な波動粒子相互作用の研究の展開、プラズマ物理研究の進展の理解に貢献していくこと期待されます。

図2
図2:背景磁場(紫)に沿って波動磁場(水色)が螺旋を描きながら伝搬するホイッスラーモード波動と、それとすれ違いながら相互作用する電子(赤)のイメージ(©東京大学)

用語解説

  • *1 Magnetospheric Multiscale(MMS)衛星編隊 : アメリカ航空宇宙局(NASA)が地球の磁気圏で発生する磁気リコネクションの研究を主目的として打ち上げた4機編隊の衛星。今回の研究で使用したデータを取得した時期には約10 km程度の間隔で三角錐の形のフォーメーションでの編隊飛行を行っていた。(https://mms.gsfc.nasa.gov/
  • *2 (昼側)磁気リコネクション、磁気シース領域 : 磁気リコネクションは宇宙空間において磁場が平行でないときに起きる磁場のつなぎ替わり現象。磁気圏昼側や磁気圏尾部など宇宙空間のさまざまな領域で発生し、磁場のつなぎ替わりによって磁場のエネルギーが荷電粒子に渡され、粒子加速を引き起こす。磁気シース領域は太陽風が磁気圏の前面で減速されて亜音速になっている領域(図1)。昼側磁気リコネクションは磁気圏と磁気シースの境界においてそれぞれの領域の磁場が平行でないときに起こる。
  • *3 ホイッスラーモード波動 : プラズマ中に特有の波動がプラズマ波動と呼ばれ、今回扱うホイッスラーモード波動はプラズマ波動の中の電磁波に分類される波動の一種。背景の磁場に対して右回り(電子のサイクロトロン運動と同じ向き)をし(図1)、電子のサイクロトロン周波数またはプラズマ周波数のうち小さい方の下の周波数のみに存在できるという特徴を持つ。磁気圏内で盛んに研究されているコーラス波動もホイッスラーモード波動の一種。
  • *4 波動粒子相互作用直接解析の手法(WPIA) : 荷電粒子とプラズマ波動の回転位相まで分解して比較し、エネルギー授受を定量的に解析する新しい解析手法。「あらせ」衛星での電子とホイッスラーモード波動の相互作用の研究に向け日本がリードして手法確立や実証を行ってきた。
  • *5 非線形成長 : 大振幅の電磁サイクロトロン波動(ホイッスラーモード波動を含む)について、波動の周波数が時間的に変動していくことや磁場の強度に空間勾配があることを重要視し、従来の線形理論に比べて効率の良い成長の可能性を示した理論。本研究ではMMS衛星が4機編隊であるため4点観測で磁場強度の空間勾配を観測可能で、それを用いて仮定を最低限にし、観測された物理量を使用して理論と整合することを示した。
  • *6 サイクロトロン共鳴 : 荷電粒子の背景磁場方向の運動によって、粒子から見た波動の周波数がドップラーシフトし、荷電粒子の磁場に対する旋回運動方向と周期とが波動の電磁場の回転方向と周期と一致して見える状態。
  • *7 脈動オーロラ : 数秒周期で明滅するように見える、ぼんやりしたオーロラ。宇宙空間でのホイッスラーモード波動の準周期的な発生と停止に伴って電子の散乱が発生、停止し、散乱された電子の増減によってオーロラ発光が明滅すると考えられている。
  • *8 FACTORS : 極軌道の近接複数衛星を用いて、オーロラに関連する地球と宇宙空間の間のエネルギーの輸送、電離大気の流出に関連する物質の輸送の物理メカニズムの解明を目指す日本の小型衛星将来探査計画。

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル Direct observations of energy transfer from resonant electrons to whistler-mode waves in magnetosheath of Earth
DOI https://doi.org/10.1038/s41467-022-33604-2
発行日 2022年10月28日
著者 北村成寿, 天野孝伸, 大村善治, S. A. Boardsen, D. J. Gershman, 三好由純, 北原理弘, 加藤雄人, 小嶋浩嗣, 中村紗都子, 小路真史, 齋藤義文, 横田勝一郎, B. L. Giles, W. R. Paterson, C. J. Pollock, A. C. Barrie, D. G. Skeberdis, S. Kreisler, O. Le Contel, C. T. Russell, R. J. Strangeway, P.-A. Lindqvist, R. E. Ergun, R. B. Torbert, J. L. Burch
ISAS or
JAXA所属者
齋藤 義文(宇宙科学研究所 太陽系科学研究系)

関連リンク

執筆者

北村 成寿(KITAMURA Naritoshi)
東北大学大学院 理学研究科 地球物理学専攻 修了 博士(理学)。名古屋大学 太陽地球環境研究所 総合解析部門 日本学術振興会 特別研究員(PD)、JAXA 宇宙科学研究所 Geotailプロジェクト 宇宙航空プロジェクト研究員、東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻 特任研究員等を経て、2022年5月より名古屋大学 宇宙地球環境研究所 電磁気圏研究部 特任助教
長野県出身(信州大学教育学部附属長野中学校、長野県長野高校卒)

ISAS共著者からひとこと

筆頭著者の北村成寿さんは2015年4月から3年間、磁気圏観測衛星「GEOTAIL」のプロジェクト研究員として宇宙研で研究生活を送り、2015年の3月に打ち上がった、NASAの編隊飛行衛星MMSとGEOTAIL両方のデータを用いたデータ解析で成果をあげました。MMSに搭載されている低エネルギー粒子の観測装置FPIは、低エネルギー電子の観測装置DESを米国のGoddard Space Flight Centerが、低エネルギーイオンの観測装置DISを日本の明星電気が宇宙研のGEOTAILプロジェクトメンバーと一緒に開発しました。MMSは非常に高い時間分解能で磁気圏の観測を行うことができる4機構成の衛星で、低エネルギー電子の観測時間分解能はGEOTAILの100倍以上、低エネルギーイオンの観測時間分解能はGEOTAILの50倍以上です。今回の北村さんの成果は、MMS衛星の高時間分解能を活かした研究成果で、これまで観測時間分解能が足りないために実現することができなかった、電子がホイッスラーモード波動にエネルギーを供給して波動を成長させる現場を世界で初めて観測で捉えることに成功した画期的な成果です。

齋藤 義文(SAITO Yoshifumi)
京都大学大学院理学研究科博士課程地球物理学専攻中退
東京大学大学院理学研究科にて論文博士(理学)取得
GEOTAIL(元)プロジェクトマネジャ / NASA MMS FPI-DIS Co-I
太陽系科学研究系・教授