暗黒物質の謎へ迫る -太陽から飛来する未知の素粒子アクシオンの検出を目指したサブミリサイズ”超伝導転移端型マイクロカロリメータ”の性能向上-

八木 雄大八木 雄大・東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻/宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系

現在の宇宙には数え切れないほどの星があり、その星々や周囲のガスが集まることで銀河になります。さらに数十から数千の銀河が集まり銀河群や銀河団といったより巨大な天体を形成します。このように宇宙では小さな構造が密集することで、さらに大きな構造をつくるという宇宙大規模構造が確認されています。宇宙の大規模構造は暗黒物質の重力の不安定性により宇宙初期から徐々に形成されてきたと考えられており、現在の宇宙を説明するために暗黒物質の存在は極めて重要になります。暗黒物質になり得る有力な候補として未発見の素粒子”アクシオン”があります。

我々はとくに太陽から飛来するアクシオンを地上検出するため、サブミリメートル (数百マイクロメートル) サイズの次世代熱検出器である ”超伝導転移端型X線マイクロカロリメータ” の性能向上を目指しました。粒子の入射により吸収体で発生した熱は金の熱ストラップを通って超伝導薄膜でできた温度計センサへ伝達されます。本研究では、熱を損失なく伝える熱伝導性の高いストラップを成膜することに成功しました。これにより、熱を効率良く伝搬することができ、より高い分光性能を発揮することが期待できます。また、実際に鉄吸収体を成膜した64素子アレイの製作に成功し、試験観測へ向けて着実に開発を進めました。

研究概要

アクシオンは存在が予言された理論上の素粒子で暗黒物質の有力な候補の一つです。アクシオンの一つの生成源として太陽が考えられています。アクシオンが存在すれば太陽内部の黒体放射光子*1が中心核に存在する57Fe*2と反応することでアクシオンが生成されます。この反応はアクシオンが暗黒物質の主要な成分であるかどうかには依存しません。我々は太陽から飛来するアクシオンを地球上で57Feを用意して再反応させ、14.4 keV*3相当の熱に変換されたものを超伝導転移端型X線マイクロカロリメータ (以下ではTESカロリメータ*4という) を用いて検出するという手法でアクシオンの存在を明らかにします。この方法ではアクシオンの質量に依存せず、原子核の遷移に伴う決まったエネルギーを探査すれば良く、アクシオンの質量領域を走査する必要が無いという利点があります。

TESカロリメータは14.4 keVを含むX線帯域 (数百eV−数十keV) の放射線に対して高い感度を持ち、熱雑音の小さい100 mK程度の極低温で動作させることで高い分光性能*5を発揮します。TESカロリメータは現在主流である半導体物質を用いた検出器に取って代わり、JAXAが参画している2030年代の大型X線天文衛星”Athena”にも搭載される次世代の分光観測を担う最先端の熱検出器です。また、宇宙機用だけでなく、ガンマ線を検出する医療応用やはやぶさ2のサンプルを含む地球外物質の分析、本稿で取り上げている地上でのアクシオン探査といった幅広い活用法が提案されています。一素子あたりのTESカロリメータのサイズはサブミリメートル (数百マイクロメートル) 程度ですが、効率的なアクシオン観測のために、たくさん並べるアレイ化をすることで受光面を広げつつ反応する57Feの質量を増やすことができます。1万素子アレイを用いた100日間の観測でこれまでに無い検出感度を達成できることが期待されています (Yagi et al. 2023a, J. Low Temp. Phys.)。

図1
図1 太陽アクシオン探査用の超伝導転移端型X線マイクロカロリメータの検出原理。検出器自体は100 mK程度の極低温に置くことで、熱雑音を極めて小さくすることができます。透過力の高いX線は金などでできた吸収体で止められ、即座にその熱がTESへ伝えられます。平衡温度はTESの転移端上にセットされていて、熱が伝わると急激な抵抗上昇を起こすため、その上昇量でX線のエネルギーを測定することができます。

粒子を吸収したことで発生した熱をTESに伝え、その温度上昇を測ることで粒子一つ一つのエネルギーを検出することができます。熱を検知する温度計センサとなるTESは超伝導薄膜でできており、吸収体となる鉄の磁性の影響により分光性能が劣化しないように、TESと鉄吸収体を離して横置きにする構造を持っています。鉄吸収体で発生した熱は金で成膜されたストラップを通ってTESへと伝搬されます (図1)。熱を検出するという検出原理により、現在主流となっている電荷等の電気信号を検出するタイプの検出器 (シリコンPIN検出器等) に比べて、検出効率*6が飛躍的に向上されることが期待されます。

図2
図2 (左) 製作した鉄吸収体付きの64素子TESカロリメータの35ミリメートル角チップ。チップの中心に64素子あり、上下にそれぞれ12素子ずつ配置されています。(右) 拡大した単素子TESカロリメータ構造。鉄吸収体とTESを金のストラップでつなげてあり、発生した熱を伝搬する役割を果たします。(Yagi et al. 2023b, IEEE Trans. Appl. Supercond.)

発生した熱を損失なく伝搬するために熱ストラップは高い熱伝導性を持つことが要求されます。そこで我々は高い熱伝導性を持つ膜が成膜できると報告されている電解析出法*7を用いて、成膜条件を変えながら適切な条件を模索しました。その結果、これまでの真空蒸着法*8によって成膜されていた金ストラップに比べて、8倍以上高い熱伝導性を持つ膜の成膜に成功しました。同じく鉄吸収体も高い熱伝導性が求められるため電解析出法により成膜を行いました。合金ではなく純粋な鉄の成膜は先行研究がほとんどなく、普通の鉄である56Feを用いて適切な条件の洗い出しを行いました。今回の製作で十分な膜厚を持つ鉄吸収体の成膜に成功し、初めて鉄吸収体付きの64素子のTESカロリメータの構造形成に成功しました (図2)。今後はこのような成膜条件で製作した素子の分光性能の評価を行う必要があります。

用語解説

  • *1 黒体放射光子:全波長の電磁波を完全に吸収し、熱放射する理想上の物体を黒体という。この黒体からの熱放射を黒体放射といい、放射された電磁波 (光子) のことを黒体放射光子という。太陽中心核は約1,600万度というX線を放射するほど高温であり熱く輝いている。その輝き方は黒体放射に近く、黒体放射源とみなせる。ちなみに、太陽表面は約5,800度の黒体放射をしている。
  • *2 57Fe:普通の鉄は質量数56の56Feであるが、中性子の数が一つ多い同位体である質量数57の鉄が57Feである。56Feの天然存在比が92%なのに対して、57Feはわずか2%しかなく大変希少な物質である。
  • *3 eV:1 eV (電子ボルト) は電圧1 Vで電子1個を加速するときに、電子が得る運動エネルギーの大きさである。1 eVは1.602×10−19Jである。
  • *4 TESカロリメータ:TESカロリメータはSuperconducting transition edge sensor microcalorimeterを指し、常伝導状態と超伝導状態の転移端の急峻な抵抗変化を利用した熱検出器である。一つ一つの粒子のエネルギーを検出することができる。
  • *5 分光性能:分光する検出器の性能を表す指標の一つである。エネルギー分解能ともいい、エネルギースペクトルのピークを分離する能力を表している。分光性能が高い、もしくはエネルギー分解能が高いほど微細なスペクトル構造を分離でき、輝線エネルギーをより正確に決定でき詳細な分光解析ができるようになる。
  • *6 検出効率:検出器に入射するX線光子などの粒子数に対する出力される信号数の割合であり、ターゲット粒子の種類やエネルギーに依存した固有の値を持つ。効率の良い検出器であるほど入射粒子から出力信号への変換効率が高くなる。
  • *7 電解析出法:電解析出法は電極を用いた化学反応により、細かい成膜が可能な成膜方法である。その他の薄膜成膜法であるスパッタ法や真空蒸着法に比べて、高い熱伝導性を持つ膜が成膜できるという利点がある。一方で、膜厚の制御が難しいという欠点がある。
  • *8 真空蒸着法:真空中で金属等の成膜材料を電子ビームや抵抗のジュール熱によって加熱し蒸発させて、基板の表面に粒子を堆積させて薄膜を形成する方法である。膜厚の制御がしやすい一方で、熱伝導性が比較的低い膜ができる。

論文情報

雑誌名 IEEE Transactions on Applied Superconductivity
論文タイトル Fabrication of a 64-Pixel TES Microcalorimeter Array With Iron Absorbers Uniquely Designed for 14.4-keV Solar Axion Search
DOI https://doi.org/10.1109/TASC.2023.3254488
https://doi.org/10.48550/arXiv.2304.09539
発行日 8 March 2023
著者 Yuta Yagi, Tasuku Hayashi, Keita Tanaka, Rikuta Miyagawa, Ryo Ota, Noriko Y. Yamasaki, Kazuhisa Mitsuda, Nao Yoshida, Mikiko Saito, and Takayuki Homma
ISAS or
JAXA所属者
八木 雄大 (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 大学院生), 田中 圭太 (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 大学院生), 宮川 陸大 (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 大学院生), 太田 瞭 (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 大学院生), 山崎 典子 (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 教授), 満田 和久 (宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 名誉教授)

関連リンク

執筆者

八木 雄大(YAGI Yuta)

八木 雄大(YAGI Yuta)
2019年3月 東京理科大学 理学部第一部 物理学科 卒業
2021年3月 東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 修士課程 修了
2021年4月 – 現在 東京大学大学院 理学系研究科 物理学専攻 博士課程 在学
2019年4月 – 2020年3月 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 X線グループ 満田和久・山崎典子研究室
2020年4月 – 現在 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 X線グループ 山崎典子研究室