複数火星探査機観測から明らかになった砂嵐による水の散逸過程

青木 翔平・宇宙科学研究所 太陽系科学研究系

火星にはかつて大量の水が存在したと考えられています。しかしその水がどこへ行ったのか、未だに答えは得られていません。これまでの研究から、地表面付近で発生する砂嵐によって水蒸気が高い高度に輸送され宇宙空間へ散逸する可能性が考えられてきましたが、その様子を網羅的に捉えた観測はありませんでした。本研究では、NASAのMRO探査機とMAVEN探査機、ESAのTGO探査機の3機によって、2019年1月から2月にかけて発生した小規模の砂嵐を同時に捉える事に成功しました。3機の探査機に搭載された4つの観測機器のデータを組み合わせることで、砂嵐の影響を地表から宇宙空間まで初めて追跡し、砂嵐によって引き起こされる水散逸のタイミングと大きさを定量化しました。このような小規模の砂嵐はほぼ毎年発生していることから、砂嵐が火星水環境の進化に大きな影響を与える事を示唆しました。

研究概要

火星はかつて温暖湿潤な気候で、大量の水が存在したと考えられています。しかしその水がどこへ行ったのか、未だによくわかっていません。

火星環境における顕著な特徴のひとつが、地表から絶えず供給される大気中の塵(ダスト)です。ダストは火星の大気中に常に存在しており、太陽からの光を吸収して熱構造を決定する要因として、火星気候や気象で重要な役割を果たすことが知られています。また、ダストを巻き込んだ砂嵐(ダストストーム)が、小規模のものから惑星規模のものまで、頻繁に観測されています。

太古の火星に大量に存在した水の多くは、水素原子と酸素原子として宇宙空間へ散逸していったと考えられてきました。これまでの研究から、地表面付近で発生する砂嵐によって水蒸気が高い高度に輸送され宇宙空間へ散逸する可能性が考えられてきましたが、その様子を網羅的に捉えた観測はありませんでした。

本研究では、2019年1月から2月にかけて発生した小規模の砂嵐を、NASA(アメリカ航空宇宙局)のMRO*1探査機とMAVEN*2探査機、ESA(欧州宇宙機関)のTGO*3探査機の3機によって同時に捉える事に初めて成功し、砂嵐が発生した際の、地表面から宇宙空間までのダスト、温度、氷雲、水蒸気、水素を詳細に調べました。小規模の砂嵐が発生して大気を加熱し、氷雲を消失させ、水蒸気が大気上層に輸送される様子を捉え、水素の散逸が通常の5から10倍に増大したことを示しました(図1)。また、中層大気における水蒸気量の増加から、散逸水素が増大するまでの期間が約一週間であることもわかりました。

図1 2019年1月に発生した小規模砂嵐前後における大気場の変動(Chaffin et al., 2021, Nature Astronomy改変)。上から、MAVEN探査機によって得られた水素原子発光強度の鉛直高度分布[kR]、TGO探査機よって得られた水蒸気組成比*4の鉛直高度分布[ppm]、MAVEN探査機によって得られたタルシス山地域の画像、MRO探査機によって得られた氷雲の光学的厚さ*5、MRO探査機によって得られた高度50kmにおける大気温度[K]、MRO探査機によって得られたダストの光学的厚さ。2019年1月7日前後の砂嵐発生に伴って、ダストの光学的厚さが増加するとともに、大気温度の上昇および氷雲の消失が観測され、また、水蒸気が上層へと輸送され、約一週間後には散逸水素が通常の5-10倍へ増大する。これら一連の様子を複数探査機から初めて捉えた。

このような小規模の砂嵐は火星でほぼ毎年発生していることから、砂嵐が火星水環境の進化に大きな影響を与えることを示しました。

用語解説

  • *1 Mars Reconnaissance Orbiter : マーズリコネスサンスオービター。NASA(アメリカ航空宇宙局)による火星探査機。2006年から、火星地表面の高解像度撮像や気象などの観測を行う。
  • *2 Mars Atmosphere and Volatile EvolutioN: メイブン。NASA(アメリカ航空宇宙局)による火星探査機。火星大気の宇宙への流出過程を探るため、2014年から主に上層大気の観測を行う。
  • *3 ExoMars Trace Gas Orbiter : エグソマーズトレースガスオービター。ESA(欧州宇宙機関)による火星探査機。生命や地学活動の痕跡となる気体の探索や火星大気の鉛直高度分布を調べるため、2018年から観測を行う。
  • *4 水蒸気組成比 : 水蒸気が空気に占める割合。1 ppm(ピーピーエム)は、0.0001%をあらわす。
  • *5 光学的厚さ : ある波長の光が空間を透過する際に、エアロゾルや気体分子などで散乱・吸収される程度を示す量。

論文情報

雑誌名 Nature Astronomy
論文タイトル Martian Water Loss to Space Enhanced by Regional Dust Storms
DOI https://doi.org/10.1038/s41550-021-01425-w
発行日 2021年8月16日
著者 Michael Chaffin, David Kass, Shohei Aoki, Anna Fedorova, Justin Deighan, Kyle Connour, Nicholas Heavens, Armin Kleinboehl, Sonal Jain, Jean-Yves Chaufray, Majd Mayyasi, John Clarke, Ian Stewart, J. Scott Evans, Michael Stevens, William McClintock, Matteo Crismani, Gregory Holsclaw, Franck Lefèvre, Daniel Lo, Franck Montmessin, Nicholas Schneider, Bruce Jakosky, Geronimo Villanueva, Giuliano Liuzzi, Frank Daerden, Ian Thomas, Jose Lopez Moreno, Manish Patel, Giancarlo Bellucci, Bojan Ristic, Justin Erwin, AnnCarine Vandaele, Alexander Trokhimovskiy, Oleg Korablev
ISAS or
JAXA所属者
AOKI Shohei (太陽系科学研究系)

関連リンク

執筆者

青木 翔平(AOKI Shohei)
東北大学理学部卒業、東北大学理学研究科博士課程修了。
イタリア宇宙科学研究所(INAF/IAPS)博士研究員、ベルギー王立宇宙科学研究所(IASB/BIRA)博士研究員、リエージュ大学(ULiège)ベルギー国立科学研究基金研究員を経て、2021年4月より宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所プロジェクト研究員。