JAXA「MMX計画」で火星の衛星から火星物質が採取できる可能性が示される

兵頭龍樹・宇宙科学研究所 太陽系科学研究系

「生命を育む惑星の起源と進化を知ること」という重要な科学目標を追求するにあたり、地球と似た表層環境をかつて保持していた火星は重要な探査対象です。2020-2030年代は火星探査の⻩金時代となります。NASA(米国)とESA(欧州)は、「Mars2020」などの火星探査計画を協働して進めており、2030年代初頭に火星サンプルの地球帰還を目指しています。一方、JAXAは,「はやぶさ 2」に続く次世代サンプルリターン計画として、火星衛星(フォボスとデイモス) を目指した火星衛星探査計画(Martian Moons eXploration:MMX)を進めています。MMX計画では、2024年に探査機を打ち上げ、2029年に火星衛星サンプルの地球帰還を目指しています。最新の研究により、火星に無数に発生した小天体衝突により火星全球から火星表層物質が吹き飛ばされ、これまで考えられていた10-100倍の火星物質がフォボス表面に降り積もっていることが明らかになりました。この結果は、MMX計画が、欧米のMars2020計画に先駆け、世界で初めて、火星物質のサンプルリターンを成功させる可能性を示唆しています。

研究概要

小惑星や彗星などの小天体は、ある頻度で惑星に衝突します。太陽系の歴史において火星に無数に発生する小天体衝突により、火星表層物質は吹き飛ばされ、火星の近くをまわる衛星フォボスに降り積もる可能性があります(図1)。衝突実験結果にも整合的な高解像度の衝突計算と、破片の詳細な軌道計算を用いて、現在までに火星上に発生した小天体衝突による火星からフォボスへの衝突破片の輸送過程を定量的に評価しました。

図1 火星における無数の小天体衝突と、破片のフォボスへの輸送過程のイメージ図。 火星への小天体衝突は、恒常的に、あらゆる方向から飛来する衝突天体により火星全球で起こる。本研究では、火星史で起こった衝突の衝突過程の数値計算と破片の軌道計算を詳細に行うことで、火星物質の火星衛星(フォボス)への輸送量を定量的に算出した。

研究の結果、過去5億年間において、従来考えられていたよりも10-100倍以上の火星表層物質がフォボスへ運ばれることが示されました(図2)。さらに、小天体衝突は火星のあらゆる場所でランダムに起こるので、火星の全球かつ全時代の表層物質が衝突によって掘り起こされ、フォボスに輸送され、フォボス表面に均質に混入することが明らかになりました。

図2 本研究で算出した小天体衝突によってフォボスへ輸送される火星物質量。「Zunil」「Corinto」「McMurdo」「Tooting」「Mojave」は、火星表面に存在する直径10 km以上の新しいクレータ(10万年以内)を作った衝突による輸送量。「Random」は、最近5億年間に直径100 km以下のクレータを作った無数の小天体衝突により輸送された合計量。「260 km」は、最近5億年間で少なくとも一度は起こると考えられる直径260 kmのクレータを作る衝突による輸送量。「Total」は、これらの合計値である。右の縦軸は、輸送された火星物質がフォボス表層1 mに均質に混ざった場合の火星物質の割合を示す。

現在、欧米、中国、インド等、各国が火星探査を計画しています。2020年代には本格的な国際火星探査の時代に突入します。その中でも、NASAとESAが主導する火星本体からのサンプルリターン計画では、2020年に調査ローバー(Mars2020)が打ち上げられ、計画通り進めば、2031年に火星サンプルが地球に帰還します。このような火星サンプルリターン時代において、JAXAではMMX計画で火星衛星からのサンプルリターンを狙い、2029年のサンプル帰還を目指しています。本研究の結果は、"火星本体に行かずとも"、火星衛星から火星表層物質を採取可能であることを意味しています。また、Mars2020などの火星本体の探査は、ある特定領域の詳細な調査となりますが、サンプル回収地域周辺の限られた地質と時代区分のみに偏ります。一方、MMX計画によって火星衛星から採取される火星サンプルは、火星サンプルリターンに比べると少量となりますが、火星史を包括的に理解できる多様な物質を含むことが期待されます。

今回の研究結果は、MMX計画の惑星保護*2分類に影響を与えません。仮に微生物が火星表層に存在していたとしても、主に衛星上で受ける放射滅菌によって死滅し、MMX計画で地球に持ち帰るサンプル中に“生きた(地球生物に危険になりうる)”微生物が存在する確率は、100万分の1以下となります。

用語解説

  • *1 1ppmとは、100万分の1の割合を表す単位である。
  • *2 惑星保護とは、探査天体の環境を、地球の微生物や生命関連物質による汚染から保全すること、また探査機が地球以外の天体から地球および月へ帰還する際に、潜在的な地球外生命と生命関連物質による汚染から地球・月を保護することである。

論文情報

雑誌名 Scientific Reports
論文タイトル Transport of impact ejecta from Mars to its moons as a means to reveal Martian history
DOI https://doi.org/10.1038/s41598-019-56139-x
発行日 2019年12月27日(日本時間)
著者 Ryuki Hyodo (ISAS/JAXA)
Kosuke Kurosawa (Chiba Institute of Technology), Hidenori Genda (Tokyo Institute of Technology/ELSI), Tomohiro Usui (ISAS/JAXA), Kazuhisa Fujita (ISAS/JAXA)
ISAS or
JAXA所属者
HYODO Ryuki (太陽系科学研究系), Tomohiro Usui(太陽系科学研究系), Kazuhisa Fujita (宇宙飛翔工学研究系)

関連リンク

執筆者

兵頭 龍樹(HYODO Ryuki)
神戸大学 理学部卒業、神戸大学理学研究科 (パリ地球物理研究所(IPGP)) 博士課程修了。
東京工業大学・地球生命研究所(ELSI)日本学術振興会特別研究員(PD)を経て、2019年10月より国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所 国際トップヤングフェロー(ITYF)