Last Modified: 01/16/2023 18:17:59

2022年度X線天文学演習 (天文学の基礎、天球座標、人工衛星の姿勢と軌道)

海老沢 研 (ISAS/JAXA, ebisawa AT isas.jaxa.jp)


  • 全く天文学や人工衛星についてを学んだことのない学生 (ほとんどそうだよね)が、X線天文学の研究を始めるにあたって必ず必要になる、天文学の基礎的な知識、天球座標、人工衛星の姿勢と軌道に関わる事項を学びます。過去に私が実施した講義や演習から、関連する部分を選択し、5回分、実施予定です。
  • ISAS 6階の会議室で実施しますが、zoomで配信もします。リモートでの発表も可です。
  • 発表者は、PCやタブレットを使い、手書きで問題を解きながら発表(説明)します。参考までに、私はOneNoteとiPadを使っています。 デジタルが苦手な人は、会議室でホワイトボードを使っても良いです。ビデオ映像を配信します!
  • どれも以前にやった内容で、過去の資料を読めば理解できると思います。発表者は自分の頭で自分なりによく理解して、他の参加者に分かるように説明してください。
  • 2017-2021年度までのX線天文学演習の実施内容は、以下から公開しています: 2017, 2018, 2019, 2020, 2021
  • 2021年度前期、東大天文教室で高エネルギー天文学の講義を実施しました (英語)。そのときのOneNoteは、でこちらから公開しています。セクションごとのPDFも、上記ページからリンクしています。
  • 2001年、8/2-8/5に立教大学で、ほぼ東大の講義と同じ内容の集中講義を日本語で行いました。東大の講義では省略した、四元数や二体問題の計算もやっています。こちらの講義ノートも参考にしてください。
  • 発表後は、資料を演習参加者に共有してくれると助かります。ML添付資料はアーカイブ化されて、ML参加者は見ることができます。先輩方の過去の発表資料は参考になりますよ!また、後輩のためにわかりやすい資料を残してください!

    Time and Location

    ISAS, building A, 6th floor meeting room (A1639)
    Monday, 16:30 - 18:00

    Web access

    You may remotely join the meeting using Zoom at https://zoom.us/j/3936986923 (password proteceted)
    パスワードが必要な方はお知らせください。Webで入った学生は、名前、所属、指導教員を述べてください。


    ML アーカイブ

    https://basil.pub.isas.jaxa.jp/mailman/private/xae/

    第1回 (2022年12月19日): 天文学の基礎、天球座標、季節、人工衛星の姿勢

    担当:海老沢
    OneNoteのPDF出力

    星座について

    1. 星座 (Constellation) はいくつあるか?
    2. 星座名と星座の境界(星座線)は、普遍的なものか、あるいは国や文化によって異なるものか?
    3. そうだとしたら、誰が決めている?どこに書いてある?
    4. 「かに星雲はかに座にある」ホントかウソか?
    MAXIなどの全天画像(表示範囲は半天)をDARTSの "JUDO2"を使って、 銀河座標赤道座標で表示することができます。星座線を表示したり、星座の画像を重ねて表示することもできます。

    銀河座標で表示したとき、明るくて有名なX線天体や領域(Sco X-1, Crab, Cyg X-1, LMC etc.) はどのあたりにあるか、だいたい覚えておくと良いです。

    座標の表記

    天体の座標を表すとき、二種類の表し方がある。その意味を理解し、両者間の換算ができるように。

    X線天体の名前について

    1. 1962年、最初にX線で発見された天体は、さそり座にあったので、Sco X-1 (さそり座X-1 )と名付けられた。以下の天体を例に、X線天体の名前の付け方について、説明せよ。
      Cyg X-1, LMC X-1, GX339-4, 1A0620-00, GS1124-68, PSR B1509-58, GRO J1655-40, MAXI J1348-630
    2. 変光星の名前の付け方を説明せよ。

    歳差(precession)と元期(epoch)について

    1. 歳差と元期 (epoch)について説明せよ。
    2. 国際天球基準座標系について説明せよ (International Celestial Reference Frame ( ICRF) or System (ICRS)
    3. B1950 で表された座標とJ2000 (またはICRF)で表された座標の間の変換はどうしたらよいか?

    座標変換

    1. 赤道座標、銀河座標、黄道座標の定義を述べよ。
    2. 赤道座標系、黄道座標系、銀河座標系の間の座標変換を行うプログラムを作成せよ。
    3. 天球上の以下の位置を、赤道座標と黄道座標で示せ:春分点、夏至点、秋分点、冬至点、黄北極(NEP)、黄南極 (SEP)

    季節と天体のvisibility (観測可能性)

    1. 有名なブラックホール天体 Cyg X-1 (19 58 21.7, +35 12 05.8, ICRS) と LMC X-3 (05 38 56.69, -64 05 03.3, ICRS)を地上の 可視光望遠鏡で観測する場合を考えよう。いつ、どの場所から観測できるだろうか? 夜中に天体がもっとも天頂に近くなれば観測条件 が良いが、それは年に何回あるだろうか?
    2. 地上の電波望遠鏡で観測する場合はどうなるだろうか?
    3. あすか、すざく、XRISM、あかりなど、多くの天文衛星では、太陽パネルと望遠鏡が直交している。望遠鏡と太陽がなす角度、「太陽 角」が ~90度になるときに、観測が可能である。 Cyg X-1は、年に何回、観測可能か? LMC X-3については、どうか?
    4. 太陽パネルと望遠鏡が直交している人工衛星では、空の上で、一年中観測できる場所が、二か所ある。 それはどこか?

    eROSITAによる全天スキャンの動画

    eROSITAのexpsoure map

    衛星の姿勢と観測ターゲット

    ISAS/JAXAの衛星では、衛星のZ軸がスピン軸(望遠鏡の方向)、太陽パネルの方向がY軸 と定義している。
    衛星の姿勢は "オイラー角"で記述される。初期姿勢(0, 0, 0)では、X軸が春分点、Z軸を 向いている。 Z軸,Y軸,Z軸の周りに、順に角度 φ、 θ、 ψだけ、回転させる。この角度の 組、(φ, θ, ψ) が人工衛星の姿勢を記述する。
    ただし、宇宙機関によって、軸とオイラー角の定義が異なるので注意する。
    1. 3次元の回転行列を、オイラー角 (φ, θ, ψ)で表せ。
    2. 最初の二つのオイラー角 (φ, θ) と、観測天体の赤経、赤緯(α, δ)との関係を示 せ。
    3. 観測の際の"ロール角" は、観測画像の北方向から反時計回りに測った、検出器のY 軸 (DETY)との角度として定義される。第三オイラー角と、ロール角の関係を示せ。
    4. 黄北極 (North Ecliptic Pole; NEP) と黄南極 (South Ecliptic Pole ;SEP) は、一年中、観測 可能である。春分、夏至、秋分、冬至の時に、NEPとSEPを観測する際のオイラー角を求めよ。
    5. 「すざく」衛星は、 NEP領域を何度も観測した。その際のオイラー角が、季節に 応じて、上記の通りになっていることを、 JUDO2 を用いて確認せよ。
    6. その際、季節と共に、視野は右向きに回転するか、左向きに回転するか?
    参考資料: 立教講義ノート東大講義ノート

    第2回 (2022年12月26日): 衛星の姿勢と四元数

    担当:海老沢
    1. あすか衛星の姿勢ファイルには、 時間の関数として、4つの数字 (4次元ベクトル)が書かれている。この4次元ベクトルの長さを計算せよ。この4次元ベクトルはなんと呼ばれるか?
    2. 四元数とはどのようなものか、説明せよ。
    3. 剛体回転におけるオイラーの定理、「剛体中の固定点を中心とする回転は、その点を通る軸のまわりの回転で表せる」ことを証明せよ。
    4. 3つの四元数、q, q', q''があるとき、結合法則q(q'q'')=(qq')q''を証明せよ。
    5. 三次元空間におけるベクトルの回転と四元数との関係を説明せよ。
    6. 四元数は、オイラー角と同様、人工衛星の姿勢を記述する際に用いられる。オイラー角と四元数の関係を説明せよ
    7. 衛星の姿勢制御や姿勢決定に、オイラー角ではなく四元数を使うメリットは何か?
    8. オイラー角(φ1, θ1, ψ1)で表される姿勢とオイラー角(φ2, θ2, ψ2)で表される姿勢の「平均姿勢」は、どのように計算できるか?
    参考資料;
    立教講義ノート
    東大駒場講義ノート、p.33-p.41
    四元数を用いて、赤道座標の座標軸を銀河座標の座標軸へ、1回の回転で変換する例
    衛星の姿勢制御の例

    第3回 (2023年1月16日):人工衛星と探査機の軌道

    担当:望月
    1. 楕円を正確に描く方法を示せ(ヒント:楕円とは2つの焦点からの距離の和が一定の点の軌跡)。
    2. 2009(H21年)度 東京大学院大学院天文学専攻入試問題、物理学1を解くことによって、ケプラーの第一、第二、第三法則を証明せよ。
    3. 以下のインターアクティブなプロットを使って、人工衛星の軌道を記述する「軌道六要素」の各要素の意味を説明せよ。 orbit.html, orbig2.html Plotlyで描きました。ソースコードは こんな感じ
    4. 人工衛星の軌道を記述する Two Line Elements (TLE)を説明せよ。こちらを参考に。
    5. 「すざく」、「ひとみ」の軌道傾斜角は、約31度である。これらは何できまっているか?
    6. すざく、NuSTARなどの地球低軌道(Low Earth Orbit; LEO)衛星と、 Chandra, XMM, INTEGRALなどの高軌道衛星の軌道を比較し、 それぞれのメリット、デメリットを二つずつ挙げよ。(ヒント:地球周辺の磁力線
    7. 1996年から2002年まで稼働していたBeppoSAXはLEOを持ち、その軌道傾 斜角はほぼ0度であった(赤道上空を周回)。BeppoSAXは、より軌道傾斜角 が大きい(>30度)LEO衛星に比べ、バックグラウンドが低く安定しているとい う利点があった。それは何故か? (ヒント、というか答えはこちら)
    8. 日本から見たとき、できるだけ天頂付近に滞在する時間が長くなる衛星(準天頂衛星)の軌道は、どのように設計したら良いか? また、その軌道を、地表に投影したら、どのように見えるか?(これらの動画を参考に;動画1動画2)
    9. 太陽系内の小惑星や彗星の軌道も、軌道六要素で表される。それらの軌道要素は、JPLから公開されている。 ほとんどすべてのものの離心率は1より小さく、その軌道は太陽を一つの焦点とする楕円であるが、 離心率が1より大きく、その軌道が双曲線になっている天体もある。その例を挙げよ (これとか)。
    参考文献:
    東大講義ノート
    立教講義ノート

    第4回 (2023年1月23日): ラグランジュ点

    担当:柏崎 
    1. 円制限三体問題とラグランジュ点を説明せよ。
    2. トロヤ群小惑星とはどんなものか?それを探査する計画はあるか?
    3. 太陽-地球系のL2点(SEL2)を考える。太陽質量をM1, 地球質量をM2、その間の距離をa, 地球からL2までの距離をrとする。 L2における運動方程式を立てて、 M2 <<M1であることを使って近似し、rを求めよ。
    4. SEL2周辺に打ち上げられた探査機、今後打ち上げ予定の探査機の例を挙げよ。
    5. SEL2周辺における探査機はどのような軌道を描くか? eROSITAの軌道の動画
    6. 上で地球からSEL2 (Sun-Earth Lagrange point 2) までの距離を求めた。同様に、地球からSEL1までの距離、SEL3までの距離を求めよ。
    7. 地球-月のL2点 (Earth-Moon Lagrange Point 2; EML2)に超小型探査機を送る日本の計画を紹介せよ。
    8. 現代の国際社会における、地球ー月系のラグランジュ点の戦略的な重要性を考察せよ (防衛省の資料アメリカのthink tankのレポートなどを参考に)。
    9. 月からEML2までの距離を求めたい。月の質量は地球の質量に比べて無視できないので、地球からSEL2までの距離を求めた時のような簡単な近似ができない。 月からEML2までの距離を、数値計算によって求めよ。こちらの公開JAXA資料を参考に。この文献の(4.16)式の数値解は、こちらで求められます。
    参考資料:
    東大講義ノート
    立教講義ノート

    第5回 (2022年1月30日): 天文学で用いられる「時刻」について

    担当:大場 
    1. 良く用いられる以下の時刻系(Time and Date Systems)を説明せよ:JD, MJD, TJD, TT, TAI, UTC, TDB
    2. 「うるう年」と「うるう秒」は、何のために、どのような状況で導入されるか?
    3. 人工衛星が取得した、パルサーなどの天体データに精密なタイミング解析を実施する際には、地球と人工衛星の運動を補正するために、装置が記録した光の到達時刻(photon arrival time)を、太陽系重心(barycenter)における到達時刻に直す必要がある(barycentric correction)。
      1. 太陽系重心は、太陽の中心からどのくらい離れているか?
      2. 天文衛星の解析の際に利用する標準的なbarycentric correction toolsが用意されている。その入力は各X線のエネルギー、到達時刻、天球上の位置が記載されているイベントファイルで、 出力は補正されたイベントファイルである。 入力として、イベントファイル以外に、何が必要か?
    4. ここでは、「あすか」衛星が観測したCrab Pulsarのデータにbarycentric correctionを適用することを考える。
      1. SIMBADによるとCrab pulsarの正確な座標は、(05 34 31.93830 +22 00 52.1758) である (J2000)。DARTSの検索結果からわかるように、あすかによるCrab pulsarの観測は、4月始めと9月後半(10月始め)に集中している。Crab pulsarの位置と「あすか」衛星の構造(+Z軸が観測方向、+Y軸が太陽パネル方向)から、その理由を説明せよ。
      2. 1993年4月6日の観測 (ID:10010000) と 1993年9月28日の観測(ID:10010120)を考える。( wget -nv -m -np -nH --cut-dirs=3 -R "index.html*" --execute robots=off --wait=1 https://data.darts.isas.jaxa.jp/pub/asca/data/10010120/ でデータをダウンロードできる。)
        そこから得られるGISのイベントファイルについて、衛星軌道ファイル(frf.orbit.253.gz)を用いて、あすか用barycentric correctionツール "timeconv"によって、 以下のコマンドでbarycentric補正を実施せよ (TDBで1993年当初からの経過秒に変換する場合)。
           timeconv infile=ad10010000g200370h.evt timeop=2 ra=83.63308 dec=22.01450  frforbit=frf.orbit.253.gz
           timeconv infile=ad10010120g200170h.evt timeop=2 ra=83.63308 dec=22.01450  frforbit=frf.orbit.253.gz
            
      3. 入力ファイルと出力ファイルのFITSヘダーを比較し、その違いを説明せよ。
      4. それぞれの観測について、元のイベントファイルとbarycentric補正後のイベントファイルの到達時刻を比較せよ。 (以下のファイルでは、最初の100イベントの到達時刻を示す)
          10010000.barycen.txt, 10010000.original.txt
          10010120.barycen.txt, 10010120.original.txt
      5. 太陽系重心から見たCrab pulsarの方向と二回の観測時の地球の位置を考慮し、ここで得られた二つのbarycentric補正の結果を秒のオーダーで確認せよ。(注:この精度では人工衛星の位置を考慮する必要はない。)
    5. 人工衛星データの解析をするとき、うるう秒を考慮しないと、間違った結果が得られてしまう。たとえば、数年間に亘ってうるう秒を考慮することを忘れていると、数秒ずれた軌道や姿勢を解析に使うことになる。それが実際のデータ解析に影響を与えた例を示せ(軌道に影響を与えた例姿勢に影響を与えた例)。
    6. 上の「うるう秒を考慮せずに軌道に影響を与えた例」で、光子の到来時刻がどのくらい変わるか、見積もれ。
    応用問題;HEASoftのASCAパッケージに含まれているtimeconvのソースコード (Makefile, asca_barycen.f, asca_geocen.c, htimeconv.c, timeconv.f, timedefs.inc) を理解して、上記のbarycentric補正の結果を正確に確認せよ。(注:ここで、asca_barycen.f, timeconv.f, asca_geocen.cについては、プロセスを追うためのコメントを出力するよう修正している。 $HEADAS/../ftools/asca/src/timeconvにて、hmake とすると、これらのコードがコンパイル、hmake installとするとインストールされる。)


    References

    1. 天文学辞典」日本天文学会  なにかわからない用語が出てきたら、まずここを参考に。
    2. An Unscheduled Journey: From Cosmic Rays into Cosmic X-rays by Yasuo Tanaka 田中靖郎先生の自伝です。日本のX線グループの大学院生には必ず読んで欲しいですね。
    3. Ebisawa lecture note1 (2016 Univ. of Tokyo, graduate school, in English)
    4. Ebisawa lecture note2 (2011 Univ. of Tokyo, graduate school, in Japanese)
    5. Ebisawa lecture note3 (2006 Univ. of Tokyo, graduate school, in Japanese)
    6. Ebisawa lecture note4 (2007-2010 Univ. of Tokyo, undergraduate, in Japanese)
    7. 「宇宙物理学ハンドブック」 (朝倉書店) ほぼ900ページ! よくこれだけのものをまとめたなー。私も一部執筆してます :)
    8. "Classical Mechanics", Goldstein
    9. 「人工衛星の力学と制御ハンドブック―基礎理論から応用技術まで」 姿勢制御研究委員会
    10. 「ハミルトンと四元数」 堀源一郎 (海鳴社)