No.238
2001.1


ISASニュース 2001.1 No.238 

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バーチャルロケット

嶋 田 徹


 従来の燃焼試験による実証は今後もロケットの開発において重要な意味を持つだろうが,一方で21世紀に大きな飛躍が期待されるのは,第三の科学と呼ばれる計算科学技術を駆使したバーチャル(仮想の)ロケットである。それは多くの実証試験を要さずに,開発技術を維持発展させていくためのキーテクノロジーと言える。

 ロケット推進の原理は,高圧容器内で燃料を燃焼させ,絞った穴からガスを噴出して,反動で推進するという単純なものである。しかし,そこで起こる物理化学現象は極めて複雑であり,それはロケットの内部宇宙と呼ぶにふさわしい世界である。固体ロケットを例に取れば,バーチャルロケットとは,イグナイター,推進薬,モータケース,内部流体,ノズル等の主要パーツに対し,熱,化学反応,流体,構造等に関する数学モデルを用意し,各々を連立させて,着火から消火にいたるまでの時間発展を数値解析するものである。さらに,移動境界の幾何的取り扱いやパーツ間のデータ授受,および結果の可視化等の技術をも含む。

 バーチャルロケットを開発するための要件は,ロケット内部宇宙のサイエンス,コンピュータハードウェア,そしてアルゴリズムとソフトウェアである。それぞれ大規模な投資なしには達成は望めない。

 ロケット推進系サイエンスでは,固体ロケット内部宇宙を計算機内に仮想的に再現することを共通目的にして,以下に挙げる研究を進めることが大切である。

(1)固体推進薬の着火や定常燃焼
(2)燃料消費に伴うグレイン形状変化の取り扱い
(3)内部流体の乱流
(4)燃焼するアルミ液滴やアルミナ粒子を含む混相流
(5)CFRPC/C等の複合材料や黒鉛のような脆性材料の材料の力学・熱化学的特性
(6)それらの焼失・破壊等を含んだ数学モデルの構築
(7)流体・伝熱・構造の非定常連成解析
(8)高速数値計算のための情報処理の研究等。

 そのようなバーチャルロケットの研究は,現在米国DOE(Department of Energy)の委託によりイリノイ大学のCSAR(Center for Simulation of Advanced Rockets)で組織的に行われている。核保有国という特殊事情があるとはいえ,大学組織における先導的な取り組みであり注目に値する。

 ではバーチャルロケットは,どのくらいの規模の数値計算になるのだろうか

 単相非反応性の内部流体のシミュレーションを例にとり,数値時間積分を1時間幅進める間に,1格子点当たり1万回程度の浮動小数点演算を要すると仮定する。100万点の格子点について計算するのに,従来の10GFLOPS(1秒間に百億回の演算性能)クラスのスーパーコンピュータを使用した場合,1時間幅進めるのに要する演算時間は1秒となる。ノズルスロート壁に沿う加熱率を計算するためには,乱流境界層内の壁最近傍の層流底層を解像しなければならず,0.1〜1ミクロン程度の空間解像度が要求される。これに応ずる時間積分幅は1ナノ(10億分の1)秒〜100ナノ秒程度に制限される。ロケットの燃焼時間は100秒の程度だから,着火から燃焼終了までに要する演算時間は,10億秒〜1000億秒,即ち,30年〜3000年となる。単相非反応性流体の計算だけでさえこうであるため,バーチャルロケットは到底実現できないように見える。これを打開する技術として,サブスケールの現象に関して別途パラメータ化(テーブル化)し,それらを詳細なシミュレーションの枠外に出すことにより,はるかに大きな時間積分幅が許される手法や,タイムズーミングと呼ばれる手法が提案されており,この種の技術をさらに研究することの意義は深い。

 また一方,ハードウェア性能は着実に向上してきている。2000年6月,米国DOEIBM社が開発したASC(Accelerated Strategic Computing Initiative)-White8000ノードの並列計算機で,12.3TFLOPS(1秒間12.3兆回の演算)を達成した。ASCIでは今後2004年までに100TFLOPS達成が計画されている。計算機の処理能力が100TFLOPSになると,全燃焼時間にわたる詳細なシミュレーションが,数日でできる可能性もある。日本においても同クラスの超高速計算機が開発されつつあり,バーチャルロケットには直接結びつかなくとも,潜在的ハードウェア技術は主導的レベルにあると言える。

 産官学をあげて全日本の研究者がこのような基礎研究に協力して取り組むことができればよいが,と願うものである。

(しまだ・とおる) 


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