No.238
2001.1


ISASニュース 2001.1 No.238 

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- No.238 目次
- 新年の御挨拶
- 特集に当たって
- 惑星の空を飛びたいな
- 宇宙開拓時代の惑星探査
+ 構造屋ショート・ショート
- 軌道宇宙観測所への旅
- 私の見てみたいもの
- お屠蘇を飲み過ぎて戯言を
- バーチャルロケット
- 光子推進機関と広がる探査の場
- 地球外生命体の設計図を手に入れる!
- たとえば,こんな初夢は?
- 空に気球が飛び交う日々のために
- 201X年/202X年
- ウェハーサテライト
- マイ・ローバ
- 宇宙で実験
- 大きな望遠鏡が欲しい
- 21世紀の初夢
- 隠微な学問が教えてくれそうなこと
- あるうららかな春の日に
- ロボット探査機による小惑星巡り
- 反物質を使って空間を自由に飛び回る
- 21世紀の夢
- 初夢・編集後記
- 初夢タイトル画・「宇宙の日」絵画コンクール入選作品

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構造屋ショート・ショート

峯 杉 賢 治 


 「本スペースポート発,ラグランジュポイント経由,木星周回ステーション行きをご利用の方は,5番ドックからのご搭乗になります。」柔らかな声が頭上から降り注いだ。窓の外に視線を移すと,搭乗便が2時間遅れでドッキングするところであった。と,その瞬間,弱い衝撃とともに長さ数キロにおよぶスペースポートがゆっくりとうねり始めたが,それも数秒で静まった。どうやら,振動・波動制御システムが機能したようだ。無重量の展望モジュールからあえぐように老体を急がせて搭乗口にたどり着き,シートに身を任せた。

 間もなく,出発のコールサインとともに,船体はスペースポートから射出され,ラグランジュポイントへの軌道に乗った。宇宙気象台がここ数日は太陽嵐の可能性はないと言っていたので,スペースポートの周りでは,宇宙少年団が一人乗りソーラーセイルヨットの展開・収納や操作の訓練を行っている。眼下に広がる青い地球からは大きなコンテナが軌道上の物資集積ステーションにつり上げられている。軌道エレベータだ。この地上とステーションとをつなぐエレベータである巨大なテザーシステムは,概念こそ古くからあったが,ナノテクノロジの応用と宇宙の無重量下での素材製造技術によって従来の強度をはるかに上回る軽量な材料が出現したことで丈夫なケーブルが製造可能となり,ようやく日の目を見ることができた。彼方からは,白く輝く大きな膜面とマニピュレータを持ったデブリ回収船が近づいてきた。この膜面は,小さなデブリならば,高速で衝突してきても,貫通させることも周りに飛散物を生じさせることもなく包み込んでしまう非常に優れた衝撃吸収材でできている。この技術は,宇宙船外壁の対デブリ防護システムにも応用されており,一昔前のように,デブリが船室を貫通するような事故はなくなった。しかし,いったいいつになったら人類はゴミ問題から解放されるのだろうか。遠ざかる地球を見ながら,そのような思索を巡らしていると,久しぶりに宇宙に出たせいか,睡魔がまぶたを優しく撫でていった。

 ラグランジュポイントのスペースポートに近づいたことを知らせるアナウンスでふと目を覚ますと,非常に大きな構造物が視野に飛び込んできた。太陽光発電プラットフォームと電波天文衛星「はるか」だ。もう,7代目になる「はるか」のアンテナは直径約10キロメートルの巨大さにも関わらず,その鏡面精度は1ミクロン以下に抑えられている。この精度を保つために,鏡面を構成する構造部材には磁界強度に応じて連続的に延び縮みする薄膜が使用されている。また,このアンテナは数十メートル四方に折り畳むことができ,僅かなスピンと薄膜の伸縮機能によって自己展開する。したがって,かつてのように地球軌道上で組み立ててから運ぶ必要もなくなった。

 今,科学者の間では,更に巨大で高精度な「はるか」を別のラグランジュポイントに作り,「はるか」と連動させる計画が進んでいるらしい。いつの時代も,科学者の要求はつきるところを知らないなと昔を思い出し,不覚にも相好をくずしてしまった。

 ラグランジュポイントから木星への道すがら,斜め前の席の夫婦と仲良くなった。彼らは小惑星資源探査のための調査員で,アステロイドベルトあたりでカーゴベイに収納された最新鋭の資源探査船で本船から離脱し,調査に入ると教えてくれた。この資源探査船には,マイクロマシニングの粋を集めた超小型探査衛星が数十個搭載されており,各々の超小型探査衛星が別々の小惑星を探査し,情報を資源探査船に送ってくる。その中で最も有望な小惑星で本格的な調査を行う手はずだそうだ。見せてもらった超小型探査衛星は手のひらに乗る程度のサイズだが,大きな衛星とまったく変わらない機能を持っている。「さらに」と彼は続けた。この探査船は,アステロイドベルトを航行中に小惑星の破片と衝突するなど何らかの損傷を船体が受けたとき,その損傷の位置と度合いを瞬時に判断する自己診断機能とその損傷部分を自動的に補修する自己修復機能も備えているらしい。「この船で直せないのは夫婦仲だけだね」と返答に困るギャグを残して彼らは去っていった。

 蛾の紋様のような大赤班が次第にはっきりと見えてきた。かすかに,木星周回ステーションと木星から液体水素を汲み上げるプラントが確認できる。ようやく人類初のマイクロブラックホールを利用して空間を飛び越える宇宙船にまみえることができる。席から身を乗り出した瞬間,鈍い衝撃とともにキャビン内圧の低下を示す警告シグナルが点滅した。小型の衛星が衝突か?腰に取り付けられたインフレータブル携帯救命システムが自動的に作動を始めた。これは,身体全体を包み込むように膨張した後に繭型に固化し,内部にはほぼ1気圧の空気を維持し,外部からの人体に有害な放射線などを遮蔽する救命装置である。「膨らみが足りない!」空気漏れの音とともになま暖かい膜が顔にへばりつく。!!!???

 はっと目を開くと,そこには寝息を立てるはるかの顔が間近にあった。カーテンの隙間からは朝日がこぼれ落ちている。

(みねすぎ・けんじ) 


太陽 - 地球系が作る5つのラグランジュ点。


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