No.303
2006.6

特集:「はやぶさ」の科学成果 第一報


ISASニュース 2006.6 No.303 

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隕石の舗装道路”へ舞い降りた「はやぶさ」

図1 小惑星エロス上の「ポンド」(背景)、イトカワ上の「ミューゼスの海」(左)、
地球上の小石を敷き詰めた舗装道路(右)の同縮尺の比較
(画像提供:JAXA/ISAS、APL/JHU、NASA、矢野 創)
図2「はやぶさ」が高度80〜63m付近で撮った、小惑星イトカワ上
   「ミューゼスの海」の最接近画像              
(H. Yano, et al., Science, Vol.312, No.5778, pp.1350 - 1353, (2006)より)

 イトカワ滞在中の「はやぶさ」にとっての最大の挑戦は、言うまでもなく小惑星表面物質の試料採取だった。科学機器による全球観測の結果と探査機の安全性・運用性から、ラッコの頭と胴に挟まれた赤道付近で、東西方向の幅が50m程度の滑らかな表面を持つ「ミューゼスの海」が採取地点に選ばれた。地球上での岩石採取でも、産出した場所の特徴を知らないと、実験室での分析結果を地質活動の解読に生かすことができない。そこで、科学機器だけでなく探査機の工学情報も含めた、「はやぶさ」の持てる能力のすべてを使って試料採取地点を徹底的に調べることにした。

 具体的には、3回のタッチダウンリハーサルと2回の本番の降下・上昇中に航法カメラの焦点距離ぎりぎりまで接近して精密な画像を撮ったり、レーザ高度計から推定される自由落下速度やサンプラーホーンが接地したときの跳ね返りの強さを計算したり、蛍光X線分光計放熱板を輻射温度計代わりに使ったりした。特に最接近画像の空間分解能は、1画素当たり6〜8mm。もはやリモートセンシングというより、岩石学調査と同レベルの詳しさだ。

 それらの結果から、「ミューゼスの海」は一枚岩でもふかふかで厚い粉体層でもなく、数mmから数cm大にサイズがそろった小石が、まるで平坦な舗装道路のように敷き詰められた平原であることが分かった。同じS型小惑星でもサイズが数十倍大きなエロス表面を覆っていた粉体層に比べると、平均粒径ははるかに粗い。これは、地上からの赤外線観測による熱慣性の推定結果を裏付けるものだった。

 さらに、平原ではしばしば、数十cm大の岩石が寄せ集まり、平面を下に向けて乗っていた。局所的な重力ポテンシャルの向きと小石が流れたような跡が一致している個所もある。おわん型クレーターは、ほとんど見つからない。こうした事実はすべて、この地域にはつい最近まで(あるいは今でも)、小石を移動させて表面の様子を変える地質活動が働いていたことを暗示している。もちろん、空気も水もマグマもない微小天体上の地質活動では、例えば隕石衝突や惑星の潮汐力など、地球上とはまったく異なる外力が主役を演じているはずだ。「微小重力地質学」という新しい研究分野を、「はやぶさ」は生み出したのだ。

 肝心の試料採取の結果はどうだったのだろう? 小惑星表面にホーンの先端が接地した瞬間を検出して、タンタル製、直径10mm、重さ5gの弾丸を300m/sで撃ち出す指令を送る仕組みだが、第1回タッチダウンでは障害物を検出して中止指令が出て、弾丸は命令通り撃たれなかった。第2回のタッチダウン運用は完ぺき、サンプラーによる接地検出と弾丸発射指令を出すまでは正常だったが、最終的な火薬への点火を確認するデータはその後のトラブルによって失われてしまい、真実はやぶの中だ。もしも第2回も弾丸が発射されていなかった場合、試料採取の可能性が残るのは、むしろ弾丸は撃たなかったもののホーン先端で小石を引っ掛けながら30分間も小惑星表面に着陸していた第1回の方だ。

 このようにして、史上初の小惑星試料採取の挑戦は終わった。この機会を通して人類は、「隕石のふるさと」を初めて見て、触れることができた。そして、2010年に地球に届くであろう試料は、この「ミューゼスの海」のかけらなのである。

(矢野 創) 


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