No.303
2006.6

特集:「はやぶさ」の科学成果 第一報


ISASニュース 2006.6 No.303 

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ライダーによる質量の決定とイトカワの素顔の内側

決定した質量から内部の密度を一定と仮定して計算した、イトカワ表面の重力分布

 イトカワは長径が550mほどのジャガイモ型で(体積は東京ドームの15個分相当)、これまで探査が行われたことのない、前人未到の小さな小惑星だった。従来、探査機が目的の天体に達した場合、フライバイするときに観測するか、ブレーキをかけて天体の周りを回る軌道に入る。しかし「はやぶさ」の場合、搭載されたカメラやレーザ高度計のデータを探査機自身で判断しながらゆっくりと小惑星に近づき、小惑星の近くで静止してランデブーする非周回・並走型の探査方式が採られた。表面重力が地球の10万分の1ほどしかない、いびつで微小な天体の重力を、周回しない探査機の軌道からどうやって求めればいいのか?

 当初は、“小惑星降下時にスラスタをすべて停止させて自由落下させればよい”と相談していた。もちろん、降下接近時のイトカワの重力場は、もはや質点近似では扱えないので、形状や降下地点の地形も考慮する必要はあったが、自由落下さえしてくれれば、基本的には高校で習う物理だけで重力加速度は求まる。しかし、現実はそう甘くはなかった。3基あるリアクション・ホイールの1基目がイトカワ到着前に故障し、イトカワ探査中の10月2日には2基目が使用不能に陥った。

 我々が重力測定に使った搭載装置LIDARは、探査機から赤外線のパルス・レーザを送信して、小惑星で反射したレーザを受信するまでの時間差から距離を測る高度計だ。レーザ・ビームの広がり角は、わずか0.1度足らず。それでも1km離れた小惑星表面に当たるレーザ・スポット径は1.7mで、成人男性の身長相当になる。測距の精度はシグナル強度(小惑星からの距離)に依存し、高度1kmでは1〜数mであった。リアクション・ホイールの故障により、探査機の姿勢は安定を欠き、レーザ・スポットはイトカワ表面を暴れ回る。一方、降下中は姿勢を保つために常にスラスタを噴き続ける状況となった。このような困難な状況であったが、スラスタ(外乱)の影響を定式化できることに気付き、また、航法カメラ画像との組み合わせで小惑星に対する探査機位置を測距精度程度で決定するソフトの開発により、重力を測定することに成功した。

 ライダーの重力計測から得られた小惑星の質量(3.58±0.18)×1010kgと、形状チームが求めた小惑星の体積から、イトカワの平均密度は1.95g/cm3と求まった。この値は、地球からのドップラーとレンジ計測で求めたほかのグループの値とも矛盾がない。(吉川 真氏『ISASニュース』2006年5月号)月、地球と火星の平均密度(それぞれ3.4g/cm3、5.5g/cm3、3.8g/cm3)と比較すると、非常に小さい。通常、平均密度は金属の含有量の違いを反映しているが、イトカワの密度の小ささは構成物質の金属含有量だけでは説明できない。近赤外線と蛍光X線の分光観測からは、普通コンドライトと呼ばれる石質隕石に分類される鉱物で平均的に覆われていることが分かった。従って、小惑星イトカワは普通コンドライトとほぼ同じ岩石で全体が構成されていると考えるのが妥当である。地球に落下して回収された普通コンドライトの平均的な密度は、約3.2g/cm3。つまり、普通コンドライトで構成されると仮定すると、イトカワの内部には体積にして約40%の空隙がないと、1.9g/cm3という低密度を説明することができないのだ。イトカワのような微小な小惑星の空隙率が約40%もあるという結果は、驚くべき発見であった。

 高空隙率と起伏に富んだ表面地形の特徴などを見ると、イトカワは、がれき同士が重力で緩くつながったラブルパイル小惑星であるということが結論付けられる。イトカワはS型小惑星に分類され、その中では密度が最も小さく、空隙率が最も大きい。そして、初めてラブルパイル構造が確認されたS型小惑星であった。この発見は、これまで衝突破壊実験や理論計算から提唱されてきたラブルパイル構造が、最もありふれた小惑星であるS型小惑星で確認されたことになり、小惑星の形成過程について明らかにする大きなヒントを得たことになる。

 彗星や小惑星などの小天体の内部構造を調べることは、その天体の形成過程や太陽系形成の謎を解明する手掛かりになるだけでなく、将来、このような小天体が地球に衝突するのを回避する防御手段を講じる上での貴重な情報にもなり得る。実際イトカワは、将来地球に衝突する可能性があり、「はやぶさ」は衝突危険天体の初めての探査であったともいえる。しかし、実際に小天体の質量や密度、空隙率を調べることは難しく、「はやぶさ」のように探査機を小天体のごく近傍まで送り込むことで初めて、その素顔の内側まで明らかになったのだ。

(神戸大学 阿部新助) 


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