No.303
2006.6

<宇宙科学最前線>

ISASニュース 2006.6 No.303 


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次世代の小天体表面探査ローバの実現に向けて

宇宙情報・エネルギー工学研究系 吉 光 徹 雄 


はじめに

 小惑星探査機「はやぶさ」は、ご存知の通り、手のひらサイズの小惑星表面探査ローバMINERVAを搭載していた。

図1 MINERVA

 MINERVAは、2005年11月12日の日本時間15時24分に「はやぶさ」から分離された。「はやぶさ」が小惑星イトカワにタッチダウンするための練習をしている最中である。予定では、小惑星からの高度70m、相対速度5cm/s以下で、MINERVAを分離するはずであった。実際には、MINERVA分離時の「はやぶさ」の高度は200mであり、相対速度15cm/sでイトカワから遠ざかっていたため、MINERVAは小惑星表面に落ちることなく、太陽を周回する世界最小の人工惑星になった。

 MINERVAは分離後、18時間もの間「はやぶさ」との通信を持続し、その間にさまざまなデータを送った。しかし「はやぶさ」のアンテナの守備範囲外に出た後は、MINERVAがどうなったかは分からない。最後に送られたテレメトリデータを見る限り、MINERVA自体に異状はなく、小惑星表面とは違って全日照で、あらゆる状態が安定していた。ひょっとすると現在も生きており、データを送信し続けているかもしれない。

 MINERVAによる探査は不完全燃焼のまま終わったが、MINERVAの開発や打上げ後の運用を通して得られた成果は数多くある。本稿では、MINERVAにより得られた成果をまとめ、今後の小天体表面探査ローバの構想について述べる。


MINERVAの運用は楽

 一般的に、ローバの運用システムとしてはどのようなものを想像されるだろうか?

 アメリカの火星ローバでは、地球からローバを直接操作することは定常的にはやっていない。地球とローバの通信時には、過去にローバが取得したデータをテレメトリとしてローバから地球に送り、未来にローバが実行するシーケンスをコマンドとして地球からローバに送る。これは、地球と火星との電波伝播遅延が大きいことと、運用そのものの負荷を小さくさせるためであり、ローバをある程度自律化させる必要がある。

 MINERVAを分離した2005年11月時の地球とイトカワとの距離は約3億kmであり、往復で30分以上の電波伝播遅延が存在する。地球からMINERVAを遠隔操縦することは不可能に近いため、MINERVAは分離後、完全に自律動作するように作ってある。つまり、地球からのコマンドは本質的に不要であり、運用といっても地上でデータが来るのを待っていればよい。とは言いつつ、自律探査のためのパラメータを変更することは可能であり、より良い探査を行うために日々パラメータをチューニングする予定であった。

 MINERVAが分離後に取得したデータを図2、3に示す。画像は唯一、1枚だけ届いている。分離直後に「はやぶさ」本体を撮影したもので、太陽電池パドルが写っている。

図2 MINERVAが取得した唯一の画像

図3 分離後のMINERVAのテレメトリ。
(a)バス電圧と(b)外部温度計の履歴。値が大きく変化する時刻が分離した瞬間である。温度は太陽からの放射、小惑星からの放射、自己発熱がバランスしており、小惑星からの熱放射に関する知見が得られるかもしれない。
(a)バス電圧
(b)外部温度

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MINERVAの工学的成果
微小重力環境での移動メカニズム

 MINERVAの目玉の一つが、ホッピングにより微小重力環境を移動する能力である。小惑星表面での実地検証はできなかったが、打上げ前に落下塔を利用した無重力実験を数多く実施しており、微小重力環境における移動メカニズムはある程度確立できた(図4)。

図4 落下塔を利用した無重力実験によるローバの運動。 
  小惑星表面に降りたら、このような運動をしただろう。

 ホッピング移動メカニズムでは、ホップ後、再び表面に戻ってきたときに、なるべく早く位置・姿勢を安定させ、次のホップができる態勢にする必要がある。しかし、表面との再接触時に位置・姿勢を能動的に収束させるよい解は存在しないため、ダンピングにより運動エネルギーが消滅するのを待つしかない。

 この点に関しては、ターゲットマーカや「はやぶさ」本体が比較的短時間で小惑星表面に静定していることから、MINERVAもホップ後、複数回のバウンド後、比較的すぐに小惑星表面に再静止すると考えられる。ただしこれは、ターゲットマーカと「はやぶさ」の着地点が、比較的重力が大きく、細かい砂れきがたくさん存在すると思われている地点であることが大きく影響しているだろう。


自律機能

 MINERVAは、取得した画像を搭載CPU上で評価し、価値の高い画像のみを選別して優先的に送る機能を持っている。この機能が動作したことは、MINERVAが分離後に送信した画像からうかがい知ることができる。

 MINERVAの自律探査手法では、小惑星表面からホップして弾道飛行をしている間に画像を適当な時間間隔で撮影する。弾道飛行中に姿勢制御は行わないので、1/2の確率で何も写っていない宇宙空間を撮影することになる。データ保存領域(2MbyteのFlash ROM)はそれほど大きくないので、撮影後に画像を評価し、画像中の何も写っていない領域は棄却して保存しない。

 通信速度は9600bpsとあまり大きくないので、情報量の大きな画像から優先的に送信するようになっている。データ保存領域にランダムアクセス型のファイルシステムが構築してあり、画像をファイルとして保存する際、情報量に応じて優先度のラベルを付加する。データ送信タスクでは、この優先度を見て、どのファイルから送るかを決定する。

 分離直後に撮影した「はやぶさ」の画像(図2)のサイズは160×80pixelである。本来であれば160×120pixelの画像を取得しているはずだが、下1/3の領域は宇宙空間を撮影しているため、地球に届いていない。また、分離後に定期的に撮影を行っているにもかかわらず、画像が1枚しか届かなかった。その理由は、宇宙空間のみを撮影したか、たとえ小惑星や「はやぶさ」が視野に入っていても、とても小さかったため、何も写っていないと判定されたためであろう。


電気二重層コンデンサの搭載

 MINERVAでは、二次電池として、電気二重層コンデンサを初めて搭載している(図5)。これは、既存の二次電池は低温での保存が難しいこと、小惑星表面では昼と夜とで200℃以上の温度差があること、小型化のため電源回路を簡単に作る必要があること、などから採用したものである。

図5 搭載した電気二重層コンデンサ

 MINERVAローバは、分離後の「はやぶさ」側の熱収支の変化が小さくなるよう「はやぶさ」探査機とは熱断熱して取り付けられている。このため、小惑星に到着するまでの惑星空間飛行時には、ー65℃と非常に低温になる。

 MINERVAのヘルスチェックは、小惑星に到着する前に何度か行った。いずれの場合も、自己発熱により動作温度である−50℃以上になった後は、正常に動作した。また、分離後もローバの電源系は正常であった。このことから、電気二重層コンデンサに関しては、宇宙での使用実績を十分積むことができたといえる。

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次の小天体探査ローバ
目標地点に移動できる能力が必要

 「はやぶさ」がイトカワに行って分かったことの一つは、このような小さな天体でも表面の状態は一様ではなかったということである。天体が一様であれば、どこに降りても同じであり、表面を移動する必要はない。しかし、イトカワのような小さな天体でもその世界は多様であり、その世界をよりよく知るためには、ローバによる表面移動探査は必須であることを再確認できた。

 近年、世界中で計画されている小天体探査ミッションのいくつかでは、アメリカのDeep Impactのように、探査機を小天体に相対速度10km/s以上で衝突させ、人工的にクレータを作ることを考えているものがある。「はやぶさ」も、表面からサンプル採取時に、小さいながらも人工クレータを作る。このような人工クレータは、宇宙空間に長期間さらされていないフレッシュな面を露出させるため、科学的な価値が高い。

 将来の小天体探査ローバでは、特定の地形や人工クレータなどの小天体表面上の目的地に行って、観測する能力が必要であると考えている。MINERVAは、小惑星表面をとにかく移動することが目的であり、このような目的地収束能力がない。次世代の小天体探査ローバでは、小天体表面で自己位置を同定し、自己位置を目標位置に収束させるためのナビゲーション技術が必要である。


小天体表面での自己位置同定

 自己位置同定に関しては、小天体固定座標系での経緯度を求める絶対自己位置同定と、基準となるものからの相対的な位置関係を求める相対自己位置同定がある。

 我々が考えている将来の小天体探査ローバは、MINERVAと同じくそれほど大きくないものであり、小天体表面上にある場合のカメラの視野はごく近傍に限られる。ローバ搭載カメラにより目標物体をとらえることは、よほど目標地点が近くない限り不可能であり、経緯度などの座標により目標地点を与えることになる。よって、絶対位置同定手法が望ましい。

 ローバの探査目標位置は、人間が指定するため、小天体を外部から見たときの座標、つまり地心経緯度となる。これに対して、小天体表面上のローバ単独で測位を行うと、小天体そのものへの基準方向が局所的な重力加速度となるため、求められる位置は測地経緯度になる。いびつな天体においては、地心経緯度と測地経緯度は大きく異なるため、外部から目標地点を与えても、ローバは異なる地点を目標地点として認識することになる。

 現在は、小天体のまわりを飛行しているであろう母船からの電波支援によりローバの位置を同定する手法の検討を行っている。この手法だと、ローバの自己位置も地心経緯度で与えることができる(図6)。

図6 母船からローバまでの距離を測ることで、ローバの自己位置同定を行うシミュレーション結果の一例。小惑星イトカワのまわりを母船が楕円軌道で周回している場合を仮定している。
横軸は測位時間で縦軸が位置精度を示す。


ローバのシリーズ化とセンサの搭載

 MINERVAシステムは、「はやぶさ」への搭載時もオプション機器だったため、母船となる探査機へのインパクトがなるべく小さくなるよう、いつでも着脱できるように作っている。このようなコンセプトの宇宙機のため、現在、MINERVA後継ローバを世界中の小天体探査ミッションに提案している。これが全部通ると、多くのローバを実際に作らなければならなくなる。

 MINERVAサイズの超小型ローバといえども一つの宇宙機に違いはなく、大型宇宙機と同じく、あらゆるサブシステムを持っている。このため、一つ一つミッションに応じてローバを設計することは費用や時間の点からも無理である。そこで、以下の設計方針で今後の小天体探査ローバシステムを作り、需要に応じて供給したいと考えている。

● 共通に使える超小型ローバ用のCPUシステムを開発する。
● 搭載センサのインタフェースは同一にする。
● 搭載センサはミッションに応じて変更する。
● 電源系や熱制御、ローバの大きさを対象天体によって毎回設計する。

(よしみつ・てつお) 


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