No.221
1999.8

ISASニュース 1999.8 No.221 


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- 大型パラボラアンテナの展開まで
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- VSOPミッションとその成果
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- 波長と周波数
- シンクロトロン放射
+ 宇宙で最も「明るい」銀河
- BL Lac天体の偏波観測
- 活動銀河核3C 84のジェットと電波ローブ
- VSOPサーベイ観測
- 「はるか」による22GHz観測の成功
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- 米国国立電波天文台
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- VSOP,夢がかなった!
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宇宙で最も「明るい」銀河

 ここでは,「はるか」で観測された,「明るい」銀河たちを御紹介します。ここでいう「明るい」というのは,単位面積あたりの電波の放射が大きいということと考えて下さい。電球でいえば同じ大きさでもワット数が高いと明るいことを思い浮かべて下さい。


PKS 1921-293の中心核(Core)とジェット(Jet)。

 クェーサーPKS 1921-293は約40億光年の距離にあり,これまでの電波の観測から,「明るく」,しかもその明るさが短い時間に激しく変化することが分かっていました。この短い時間の明るさの変化は電波を放射する領域が小さいことを示します。地上のVLBIではまだ解像度が十分ではなく,どれほど狭い領域から電波が出ているか,十分に分かりません。「はるか」と地上望遠鏡を使ったVSOP望遠鏡の高い解像度は,その電波がどれほど狭い領域から出ているかを調べるのに世界で一番適しています。つまり,どんなに「明るい」のかよく分かるわけです。「はるか」は米国の電波望遠鏡 VLBAと共同して,PKS 1921-293を波長6cmの電波で観測しました。

 他の電波が強い活動銀河核と同じように,非常に小さな中心核と広がっているジェットがあることが分かります。この中心核部分の大きさと電波の強さから,PKS 1921-293からやってくる電波が「明るく」,5兆度以上の温度を持った物体から出る電波と同じ「明るさ」であることがわかりました。これは,PKS 1921-293が,今までに人類が観測した天体としては,最も「明るい」天体であることを示しています。

 しかし,5兆度以上の温度(「明るさ」)を持った天体が存在しているとは考えにくいのです。 一般的にクェーサーの電波は,強力な磁力線のまわりをまわる高エネルギー電子による『シンクロトロン放射』により生じます。ところが,この放射で1千億から1兆度の温度に相当する「明るさ」になると電波(光)がその領域に充満して,電波(光)と電子が頻繁にぶつかり,『逆コンプトン効果』という現象で電波が短い波長の電磁波に効率良く変わってしまうと予想されています。つまり,電波としてはそれ以上の「明るさ」にならないのです。今回観測された5兆度の温度に相当する「明るさ」の説明には,もうひとひねりいります。

 この明るさを説明する有力な説が『相対論的ビーム効果』です。電波を放射している物体がある人から見て光速に近い猛烈な速さで動いているとしましょう。このとき相対性理論の効果によって,止まった人から見ると,電波は等方的ではなく,動いている方向に集められて放射しているように見えます。つまり,物体が観測者の方向に猛烈な速さで動いていると,観測者からは電波が見かけ上「明るく」なったように見えます。PKS 1921-293の電波の「明るさ」は,このようにして説明できます。もし,観測された「明るさ」が1兆度以下の場合は,ほかの説明方法も考えられたのですが,VSOPの観測によって,『相対論的ビーム効果』が実際の天体であることが,はっきり証明できました。クェーサーPKS 1921-293の場合,「明るい」中心核は光速に近い速さのジェットの根元と考えられ,中心部にかなり近いところでジェットが十分加速されていると考えねばなりません。

 1991年NASAが打ち上げた『コンプトン・ガンマ線天文衛星』は,約70個の電波の強い活動銀河核から,非常に強いガンマ線の放射を発見しました。ガンマ線の放射には非常に高エネルギーの現象が生じている必要があり,これほど強いガンマ線の放射の発見は多くの研究者に衝撃的でした。この強いガンマ線の放射を出す理由として,一つの有力な説が『相対論的ビーム効果』なのです。しかし,不思議なことに『相対論的ビーム効果』が証明されたPKS 1921-293からはガンマ線は全く観測されていません。

 では,ガンマ線の強い放射が発見された活動銀河核を電波で見ると「明るく」見えるのでしょうか?これらの天体では,放射される電磁波の全エネルギーの大半がガンマ線として放射されます。ガンマ線というとてつもなく高いエネルギーの電磁波が,一体銀河の中心核からどのようにして放射されるのか。これは銀河中心核の研究の大きなテーマの一つです。

 「はるか」では,ガンマ線を放射する活動銀河核を選び,観測しました。PKS 1741-038と呼ばれる活動銀河核では,およそ9か月の間隔で行った2回の観測で電波源の構造にほとんど変化がなく,一方,7千億度以上に相当する「明るさ」を持つことが分かりました。これは,この天体をジェットの運動方向のほぼ真正面から見ているためと考えられます。このことは,ジェットが放出される方向にほぼ沿ってガンマ線が放射されるという理論的な予想を支持しています。また,PKS 1622-297と呼ばれる活動銀河核からは,非常に小さく「明るい」中心核とジェットの構造が見られます。この天体は今から4年ほど前にガンマ線で急激に明るくなっており,この現象に伴ってジェットが出たことが予想されます。これまでの地上のVLBI観測では解像度が不十分でジェットの確認はできませんでしたが,スペースVLBIではじめてジェット成分を見ることができました。


PKS 1622-297の画像。右のふくらみがジェット。

 もうひとつ『相対論的ビーム効果』の話題としてBL Lac型天体OT081という天体の観測結果を紹介しましょう。BL Lac型天体は短い時間に明るさが非常に激しく変化する活動銀河核の仲間です。OT081はこのなかでも特に激しい明るさの変化が観測されています。OT081のこれまでの観測ではジェットを鮮明には確認できませんでした。ジェットは長い波長の電波を強く放射します。VSOPの観測では比較的長い波長の電波の高解像度の観測ができます。そして今回,ジェットがはじめて観測されました。

 VSOPが観測する5GHz1.6GHzといった波長の長い電波では,これまでの地上VLBIの解像度の低い画像しか得られず,天体の細かな構造の明るさを計測できませんでした。VSOPの波長の長い電波での良質の画像は,波長の短い電波による地上のVLBIの観測と組み合わせると,中心部やジェットの各部分で,明るさが電波の波長によってどのように変わるのか(これをスペクトルと呼びます),容易に分かるようになりました。スペクトルが分かると,その各部分の物理状態が明らかにでき,天体で起きている現象に迫れます。


OT081の画像。分解できる像は細長くなっているが,
左上方向のふくらみがジェット。          

 OT081では中心核のスペクトルが明らかになったため,その領域の物質の速度を求めることができました。その速度は光速の99.875%以上にもなり,その方向は我々の方向に対して1度以下であることが分かりました。もし,この方向が1度から2.6度に変化すれば,『相対論的ビーム効果』によって,電波の明るさは6分の1程度にも暗くなってしまいます。この特集号でもM87の例で紹介されましたが,これまでのVSOPの観測結果から活動銀河核の中心付近のジェットはらせん状の構造を持つことが数多く観測されています。もし,OT081の中心部でもらせん状のジェットを持っているとすると,ジェットの速度方向の微妙な変化で電波の明るさが激しく変化することも考えられます。BL Lac天体は,ジェットの速度方向が我々の方向と極めて近い,と考えられています。電波の明るさの激しい変化はBL Lac天体自身の激しい変化かもしれませんが,ジェットの速度方向の変化が要因である可能性がありそうです。

(P.G.Edwards,輪島清昭,国立天文台・井口 聖)



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