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No.221 |
ISASニュース 1999.8 No.221 |
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VSOPミッションとその成果
解像度で圧倒するVSOP国際マシーン「はるか」と地球上のアンテナ群とを組み合わせた,最長3万kmのVSOPの瞳は,1609年のガリレオの望遠鏡の十億倍,人の瞳の百億倍です。電波天文衛星「はるか」は,VSOP計画の名のもとに大規模な国際協力を展開し,波長18cmと6cmで,連日の観測を続けています。得られる画像の解像度は,波長18cmで0.001秒角 (約4百万分の1度),波長6cmで0.0003秒角 (約百万分の1度)を達成しています。ハッブル宇宙望遠鏡の解像度が最高で0.05秒角なので,波長6cmでは150倍の解像度,あるいは,ハッブル画像の1ピクセルを2万2千ピクセルに分解する圧倒的な解像度です。スペースVLBI特有の事として,「はるか」専用の衛星受信局網が,世界の5カ所に作られました。公開科学観測に参加する地上の電波望遠鏡は34局,アンテナ数にして88基が,スケジュールに従って参加します。全部同時に観測に参加するわけではありませんが,地上の電波望遠鏡17局が参加した例では,見事な映像が得られています。一つの局からみると,10パーセント前後の時間参加率です。 このような科学観測には国際的な連携が欠かせません。VSOP計画では,科学運用の方針を決める国際委員会VISC (VSOP International Science Council)を作っています。また,実行作業グループVSOG (VSOP Science Operation Group)を設け,宇宙科学研究所,国立天文台,等の研究者が中心となって,観測のスケジュール管理,ユーザーサポート,衛星運用,相関局運用,各国の地上望遠鏡との対応等,幅広い科学運用をおこなっています。 各国の多くの機関や天文台と協力したこのような複雑な国際プロジェクトは,誰も経験した事のない試みでしたが,10年にも及ぶ準備と打ち上げ後の努力によって,新しいタイプの宇宙規模の観測装置が実現しました。初めての地上でのVLBI観測が成功したのが1967年,それから30年の進歩によって,スペースVLBIが,今世紀中に実現できたのです。
VSOPの科学銀河のなかには,その中心で激しい活動をおこしているものがあります。このような天体を『活動銀河核』と呼びます。中心はまばゆく輝き,そこからは激しくジェットが吹き出しています。中心に潜む巨大ブラックホールに落ち込む渦が,舞台を提供して,高エネルギー粒子の加速,ジェットの生成をしているようです。1960年代に発見され,天文学上の大きな謎とされてきた『クェーサー』はこのような天体の最も活動的なもので,何億光年,何十億光年もの遠くの銀河の中心で最も激しい活動を起こしている天体です。しかし,活動の源は太陽系程度の大きさの(宇宙から見れば)非常に小さな領域にあるため見かけの大きさが小さく,星のように見えています。このような明るく,しかし非常に小さな天体の撮像観測は,VSOPが最も得意とするところです。VSOPでは,運用時間の約半分をさまざまな天体の公開観測に,約4分の1をミッション主導の系統的なサーベイに向けています。すでに300を超える観測がおこなわれました。以下,科学成果の例が,チームの仲間によって紹介されますが,そこで触れられないトピックをいくつか紹介します。あわせて,VSOP全体の科学像を理解していただけると幸いです。
宇宙スケールの遠方のクェーサー像強力な電波天体では,宇宙論的な遠方からの電波がとどきます。VSOPでは,超遠方で輝く,このようなクェーサーをいくつも撮像しています。宇宙の始まりであるビッグバンから現在までの時間のうち,ビッグバンからまだ1,2割の時間しかたっていない遠い昔の,言い替えれば,そんな遠方の天体は,ハッブル宇宙望遠鏡や「すばる」望遠鏡でもとらえられていますが,VSOPでは,こんな時期の天体をリアルに映像化しています。
120億光年遠方のクェーサー0212+735の姿。 右の核から左に向かって135光年にわたって ジェットのように飛び出している。
136億光年遠方のクェーサー0014+813。
M87中心核の螺旋状の宇宙ジェット,そしてブラックホールに迫る近い天体の観測からは,その天体の細部の構造が分かります。乙女座の方向,約5千万光年の近(!)距離の銀河群中心部に,楕円銀河M87があります。M87では可視光や電波で観測される数千光年にもわたる細い直線的なジェットが注目されてきました。アメリカの電波望遠鏡VLA(Very Large Array)の波長90cmで観測した画像では,さしわたし40万光年にわたる,さらに大きな領域で電波が周辺に蔓延している事が分かっています。VLAで観測したような波長の長い電波は,電磁波を放射して徐々にエネルギーを失った太古の電子によるもの,すなわち,過去の活動の名残です。また,ハッブル宇宙望遠鏡によるM87中心部の可視光のスペクトル観測から,中心付近のガス雲はジェットの方向を軸として回転していることがわかり,その回転速度から中心付近には太陽の24億倍の重さの質量が集中すると言われています。これは中心に巨大ブラックホールが存在する証拠だと考えられ,そのシュワルツシルド半径(ブラックホールの半径)は太陽系程度の大きさにあたる70億kmと推定されます。
楕円銀河M87の中心部のVSOP映像。 「はるか」とVLBA(アメリカ8,000kmに散在する25mアンテナ10局)は,M87のジェットの付け根を,波長18cmで観測しました。観測で得られた画像の解像度は千分の1秒角。これは0.25光年(2兆4千億km)の大きさの構造が見えることに相当し,ブラックホール直径の150倍まで迫っていることになります。 ジェットは緩やかな1光年程度のピッチの螺旋を描いています。中心から離れるに従い,次第に暗くなり,10光年ほど先までこの模様が見て取れます。この緩やかな螺旋がその後ひろがらずに,数千光年にもわたり細い直線的なジェットを作りだしているのは驚きです。これは,巨大ブラックホールに回転しながら落ち込む渦とジェットは磁場を媒介にして相互作用して,加速された高エネルギー電子が磁場に巻きついている姿だと考えられます。 螺旋状の模様が今後どのように移動あるいは変化していくかは,たいへん興味のあるところです。ハッブル宇宙望遠鏡は,ジェットが見かけ上,光速の6倍の速さで外に吹き出しているような構造の変化をとらえています。観測波長6cmでは,更に解像度を3倍あげられます。これによって,ブラックホール直径の50倍の解像度になります。VSOPでは,観測を続けています。
クッキリみえるVSOPでは,姿の変化が追えるVSOPの解像度でみると,時間とともに天体の姿が変わっていくのがみえます。反対に解像度が悪いと,姿が変わっていてもぼんやりしたものがぼんやりしてみえるだけで,変化が見えません。かくして,解像度のあるVSOPでは,ジェットの動きや形の変化が見えます。見かけ上,光速を超える変化(超光速!)現象が,活動銀河核でも銀河系内天体でも知られていますが,VSOPもこのような変化をとらえています。図に,すでに4回の観測をおこなったクェーサーを示します。
クェーサー1928+738の10.5カ月間にわたる4期観測の変化(波長6cm) VSOPの高解像データを地上の短波長VLBIデータとつき較べることでも,その構造ばかりではなく,ジェットを構成する高エネルギー電子や磁場などの物理的情報をもたらします。この特集号を,是非,最後までお読みいただけますよう。
VSOPの将来活動銀河核については,更に高エネルギー粒子の加速,ジェット形成と加速,さらには,ブラックホール近傍にも迫らなければなりません。そのためには,更なる解像度が欲しいところです。また,興味ある天体を観測したくても,感度が足りないと観測すらできません。活動銀河核では,短い波長,ミリ波で観測すると,ほんとうの中心まで見やすい事がわかっています。ミリ波で観測すると,同じひろがりの観測システムでも,波長が短くなっただけ細かな解像度が得られます。また,活動銀河核以外にもおもしろい科学が行えます。例えば銀河系内の光速ジェット現象,超新星爆発,等です。観測波長として,1.3cm,7mmが重要と多くの人が思っています。アンテナ口径10〜15m,軌道は「はるか」よりほんのちょっと高め,そして受信器は冷凍機で冷やしより低雑音化して感度を上げ,観測バンド巾は1GHz程度とより広くしたい。これで,感度も解像度も,VSOPの10倍が達成されます。M87でいうと,そのブラックホールの大きさの5倍に迫る解像度です。科学と装置の両面をよく考えて,次の現実的なスペースVLBI観測計画を立案しなければなりません。VSOPの挑戦的な試みにたいして,多くの期待とご心配をうけながら,ここまでやってこれました。それには,方向付け,キックオフからはじまり,現状の複雑なミッションを作り上げ,運用するまでの,多数の献身的な努力が集積されています。ほんとうの初期から現在まで20年ちかく,このミッションを常にあたたかい目でサポートくださっている,電波天文学の草分けの(X線天文学のゴッドファーザー?)小田稔先生のことは,歴史の長さとともに,感謝をもって言及させていただきます。
(平林 久) |
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