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特集

できたての炭素をとらえる 惑星状星雲からのX線

村島未生 東京大学大学院 理学系研究科

 きらめくダイヤモンドも、バーベキューで使う炭も、鉛筆の芯も、すべて炭素です。私たち地上の生命にとって、炭素は重要な元素です。でも宇宙の始まりのころには、たくさんの水素と少しのヘリウムとわずかなリチウムしかありませんでした。それ以外の元素は、すべて星によってつくられたと考えられています。炭素はどこから来たのか。惑星状星雲からのX線は、その答えの一つを私たちに教えてくれます。
 惑星状星雲は、太陽のような星の終末期の姿です。星は内部の核融合で輝いています。最初はほとんど水素でできており、核融合によって水素が燃焼してヘリウムになり、次にヘリウムが燃えて炭素や酸素ができます。重い星はもっと重い元素をつくりますが、太陽くらいの星は炭素でおしまい。もうそれ以上、核燃焼を起こせません。星は外側からどんどん広がって、中心の高温部分がむき出しになります。中心に残った高温の芯が周囲に広がったガスを光らせ、図4左のようなきれいなリング状の星雲として輝きます。

図4 ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した惑星状星雲BD+30 3639の可視光の画像(左)と「すざく」が撮影したX線画像(右)
X線は可視光で見えるリングの内側から放射されている。

 リングの温度は1万度、中心星の表面は約10万度。X線を出すにはもっと高い温度が必要です。実は、リングの内側は数百万度の高温ガスで満たされているのです。こんなに温度が高いのは、中心星から高速の星風が吹き出し、衝撃波が生じて加熱されるためだと考えられています。つまり、高温ガスは星が最後に放出する物質であり、私たちは、このX線を調べれば元素合成の最終段階でどの元素がどれくらいつくられるのかを知ることができると考えました。狙っている元素は、もちろん炭素です。しかし、炭素からのX線はエネルギーが低過ぎて、今までの観測機器では十分な観測ができませんでした。そこに「すざく」の登場です。
 私たちは、惑星状星雲BD+30 3639を観測しました(図5)。スペクトルの0.9キロ電子ボルト(keV)に見えるのはネオンからのX線で、これは先代の「あすか」衛星が発見しています。

図5 「すざく」で観測したBD+30 3639のX線スペクトル

「すざく」によって、酸素からの輝線が2本、そして最も低エネルギー側には炭素からのX線が、世界で初めて検出されました。エネルギーが低いほど検出が難しいのにはっきりと見えており、炭素が非常に多いことを示唆しています。実際に炭素と酸素の比を計算すると、普通の宇宙空間の85倍も炭素が多いことが分かりました。実は、この数字は星の進化の理論からの予測と一致していました。それによると、星の元素合成の最終段階でヘリウム燃焼が爆発的に起きるときには、ちょうどそのくらい炭素が多くなると考えられています。すなわち「すざく」は、まさに炭素がつくられ放出される現場をとらえたのです。
 星でつくられた炭素は星の死とともに宇宙空間へ帰っていき、やがて新しい星の材料となります。その新しい星には惑星があって、生命が誕生し、長い進化を経て私たちにたどり着きます。私たちの体や身のまわりのものを形づくる炭素は、はるか昔、地球ができるよりもずっと前に、どこかの星でつくられたものなのです。

(むらしま・みお)