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特集

イトカワ表面の色と反射率の多様性

石黒正晃 ソウル大学 助教

 “イトカワ表面は、多彩でかつ明暗がはっきりしている”。これはほかの探査小惑星と異なる、イトカワの大きな特徴の一つです。実際に我々の肉眼でイトカワを直視すると、その色は月に似ていて、注意深く眺めない限りその多色性に気が付かないことでしょう。図10は波長0.76μm(赤)の反射率を0.41μm(紫)の反射率で割り算した画像です。イトカワのこの波長間での反射率比が1.30から1.45の間にあることから、イトカワは全域にわたって赤っぽいことが分かります(反射率比1は白)。ここでは便宜上、長波長側の反射率が強い部分が赤く、長波長側の反射率が弱い部分が青色になるように疑似カラーを割り振り、本文中の色の記述も図10の疑似カラーに対応させています。
 探査機が小惑星を訪れて多色観測した例は、「はやぶさ」以前に3件あります。ガリレオ探査機が観測したイダとガスプラは反射率が一様でしたが、わずかに色の変化が検出されました。探査機NEARシューメーカーによって観測された小惑星エロスでは反射率の異なる場所が見つかりましたが、色の変化はほとんど検出されませんでした。これらの小惑星の大きさは直径が10km以上であるのに対して、イトカワは1km以下と小さいので、場所による色や反射率の変化が見つからないであろうというのが大方の見通しでした。
  ところが実際には、イトカワ表面の色と反射率には相関があることが分かりました。“青い部分は反射率が高く、赤い部分は反射率が低い”のです。色や反射率の多様性は、鉱物の組成の違いによって説明できます。しかしながら、「はやぶさ」搭載近赤外分光器の観測から、場所による鉱物組成には大きな違いがないことが分かっています。こうした色や反射率の関係は、最近になって注目を浴びている“宇宙風化作用”と呼ばれる現象で説明することができます。もともと、アポロ探査で得られた月面のレゴリスの反射スペクトルが月の反射スペクトルと異なることを説明するために、宇宙風化作用は提案されました。大気のない月やイトカワのような天体では、太陽からのイオン粒子(太陽風)や惑星間のマイクロメートルサイズの塵が高速で表面に衝突します。この衝突によって微小領域の加熱・蒸発といった現象が起こり、表面に10nm程度の微小鉄粒子が形成されます。この宇宙風化作用によって赤く暗くなることが、実験的にも理論的にも証明されています
 さて、宇宙風化という観点に立ってイトカワ表面の色や反射率の多様性を考えると、素直に観測結果を解釈することができます。イトカワはその形成以降、表面の薄い層が宇宙風化作用を受けて反射率が低下し、色も赤っぽく変化していきます。イトカワ全体が赤っぽく見えるのは、鉱物元来の色だけでなく、宇宙風化によるものだと解釈できるでしょう。後に小天体が衝突することによって、傾斜のきつい斜面やクレーター内壁で、宇宙風化を受けていない内部のフレッシュな物質が暴露されます。この部分こそが、図10の青く反射率の高い部分に対応しています。

図10 波長0.76μm(赤)の画像を0.41μm(紫)の画像で割り算した比演算画像(疑似カラー)

  ではいったい、どうしてイトカワの表面に宇宙風化度の大きな違いが見られるのに対して、小惑星エロスのような大きな小惑星には宇宙風化度の違いがあまり見られないのでしょうか。その一つの解釈として、レゴリスの有無が考えられます。通常、宇宙風化はレゴリス表面で起こると考えられてきました。大きな小惑星では、宇宙風化を受けたレゴリスがその全表面を覆って一様に風化しているように見えるのに対して、イトカワ表面にはレゴリスがほとんどないので、フレッシュな部分があらわに見えているのだと推測されています。イトカワの近接画像では、レゴリスによって覆われていないボルダー表面でも宇宙風化が起こっているように観測されています(イトカワはいつ、どこからやって来たか? 図8参照)。このような岩の表面で宇宙風化がどのように進行するのかはまだよく分かっていません。今後、室内実験が進むにつれて、イトカワの形成から今までの歴史が、宇宙風化という目を通して調べられることが期待されます。
 最後に一言。“明るいところほどフレッシュだ”。そう考えながら本特集号に掲載されているイトカワの画像を見ると、形成以降、変化してきたイトカワの新しい一面が見えてきませんか?

(いしぐろ・まさてる)