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特集

イトカワ表面のボルダーと隕石の組織・形態を比較する

野口高明 茨城大学理学部 准教授
平田 成 会津大学コンピュータ理工学部 准教授

 イトカワの表面には、さまざまな大きさや形態を持つ岩があります。その大きさは、最接近したときに撮影した画像の分解能より少し大きな数cm程度のものから、数十mにもなるようなものまであります。イトカワは、大きさ約40cmから数mの岩(“ボルダー”と呼ばれる)を詳しく観察するのに大変適した天体です。天体に近づいて写真撮影すれば表面の岩石の組織を観察できるのは当たり前だと思う方もいるかもしれません。ところが、大きさが数十kmある小惑星エロスでは、“レゴリス”と呼ばれる未固結の細かい物質で表面が覆われています。この物質は、隕石が高速衝突したときに小惑星表面が粉砕されてできます。ところが、イトカワのように小さな天体の場合では衝突によって岩石粉がつくられても、天体の重力が小さ過ぎて、天体から脱出してしまいます。だからこそ、我々はイトカワで初めて、ボルダーの組織を詳しく観察することができたのです。
 イトカワの表面にはいろいろな組織を持ったボルダーが存在しますが、ここでは、数も多く面白い組織を持っているものを紹介します。図9の写真Aでは、数cmから10cm程度の特徴的な凹凸がボルダー表面にいくつも見られます(右向きの矢印)。また、このボルダーの右端(左向きの矢印)から角の取れた丸い物体が外れかかっているように見えます。このボルダーは、こうした突き出している物体が集まってできているように見えます。一方、写真Bでは、写真Aで示したものよりボルダー表面に見られる凹凸の突き出し方は少ないですが、写真Aと同様に、数cmから10cm程度の物体が集まってボルダーをつくっているように見えます。

図9 イトカワ表面に見られるボルダー(AとB)と隕石(CとD)の組織

 隕石のほとんどすべてが、小惑星からやって来たものと考えられています。隕石の中には写真Cや写真Dのように、周囲と明るさの違う部分がパッチ状になっているものがあります。パッチ状の領域は写真Cでは周囲より暗く、写真Dでは周囲より明るくなっています。周囲の方が暗いかどうかは、隕石ができたときに加えられた衝撃の程度によります。こうした隕石は、すでに存在していた角ばった岩石の破片が集まってつくられたもので、“角礫岩(ブレッチャー)”といいます。写真Aや写真Bに見られる凹凸は、ブレッチャー隕石の岩石片に対応するのではないかと考えられます。
 隕石との比較という観点からは、イトカワの経緯度の基準になっているブラックボルダー(以下BB)も興味深い存在です。BBはイトカワ上で見つかっているボルダーの中で特に黒い色をしています。宇宙風化作用も岩を黒く変化させますが、これは特定の岩ではなく表面全体をまんべんなく黒くするので、BBの黒さの原因はそれとは違いそうです。先に、ブレッチャー隕石の岩石片を埋めている物質の黒さが衝撃の程度で変わると書きましたが、強い衝撃を受けて全体が黒くなった隕石もあります。BBもその仲間とすると、黒さをうまく説明できます。
  イトカワ表面の物質は、赤外反射スペクトルの解析からはLLコンドライト隕石に似た物質であるとされています。一方、X線蛍光分析からは、始原的エコンドライト隕石の可能性も捨て切れていません。隕石の組織からいうと、LLコンドライトはその50%以上がブレッチャーであるのに対して、今まで見つかっている始原的エコンドライトにはブレッチャーはないようです。写真Aや写真Bのボルダーがもしブレッチャーであるとすると、半分くらいのボルダーはブレッチャーである可能性が高く、岩石の組織の比率の点からは、イトカワ表面の物質はLLコンドライトである可能性がより高いと考えられます。
 最後に、このようなブレッチャーと考えられるボルダーがどこでできたか考えてみましょう。ボルダーはすでに存在していた岩石の破片が集まってつくられたものですが、現在のイトカワ表面でブレッチャーはつくれません。なぜなら、ブレッチャーを一つの固化した岩石にするためには、衝撃によって岩石片がわずかに溶けて岩石片同士を固着させなければなりませんが、イトカワは小さ過ぎてこの作用がほとんど起きないためです。すなわち、ボルダーはイトカワがつくられる前に、イトカワの母天体でつくられたことになります。これは、イトカワが巨礫の集まりであるというラブルパイルモデルとも整合的であるだけでなく、ボルダーの組織の解析からその形成史に具体的なデータを与えられると考えられます。

(のぐち・たかあき、ひらた・なる)