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大型パラボラアンテナの展開まで
「はるか」の目的のひとつは大型精密展開構造機構の研究です。このアンテナの有効径は8mですが,外周も考慮すると直径10mの大型構造物となります。衛星本体は展開後のアンテナに比べるとその付け根にちょこんと小さく見えます。またVLBI観測のためには,正確なパラボラ面を形成しなければなりません。太陽電池のパドルも展開構造ですが,必要な電力を得るために平面度の要求はそれほど厳しくなく,そのような構造体に比べると格段に精密な構造精度が要求されます。もちろん展開構造によらなければならないですから伸展マストをはじめさまざまな機構が必要になります。「はるか」のアンテナでは宇宙構造物工学における,そのような先進的な課題に取り組むこととなりました。
宇宙科学研究所では1年ないしは2年にひとつの割合で比較的小型の科学衛星システムの開発を着実に成功させてきましたので,いつの間にか世界でも最先端の大型精密展開機構の実証を自ら試みることになったのです。しかも初めての試みにもかかわらず,電波天文観測のためには,相当の確度で成功させなければなりません。そのために多くの困難がありましたが,そのひとつひとつを乗り越えていく過程で,宇宙構造物工学の研究上の多くの新しい知見を得ることができました。
開発検討の当初は構造精度を出すための構造様式の検討に殆どの時間がさかれました。最近注目されだしている膨張風船形式のインフレータブル膜面を使ったアンテナも検討されましたが,結局,比較的伸びの少ないケーブルネットワークにメッシュ鏡面を組み合わせたアンテナ様式を開発することになりました。
これを三浦先生はテンショントラスアンテナと名付けました。三角形形状のケーブルネットワークの各節点の位置は幾何学的にほぼ一意的に決まります。この構造パターンはジオデシックトラスと呼ばれています。通常通信などの用途に必要なアンテナ面はこのトラスに膜面を張れば十分ですが,天文観測のためにはさらにこの膜面を引っ張って,もっとパラボラ面に近づける必要がありました。そのために1,000に近い調整ケーブルの長さを少しずつ緩めたり引っ張ったりしながら,鏡面調整を行いました。ケーブルにはケブラという高分子材料を使用しましたが,ケブラは吸湿すると縮みますので,組立室の湿度管理は十分気をつけました。
このアンテナ鏡面は軌道上の無重力の状態では正確なパラボラ面になるように調整されるわけですが,構造が大きすぎて地上では重力の影響を大きく受け,試験してみることができません。そこで,実際のアンテナ鏡面を表現する数学モデルをなるべく正確に求めて,この数学モデルで重力の影響がある地上での鏡面の位置を計算して,それに合うように鏡面調整をしました。これは大変な調整作業でしたが,最終的には0.81mmRMSという高精度の鏡面を達成することができました。鏡面が最終的にセットされるまでに何回かの展開試験が行われて,そのたびに鏡面が絡まったりするところを全部なくしていきましたが,ある時には膜面のほつれを女性技術者が縫い合わせるということもありました。なにぶん,今までの常識を越えた膜面構造物でしたから,関係者全員総力を挙げての取り組みでした。

この鏡面は伸展マストにより展開され保持されます。宇宙研では磁気センサーの保持などにヒンジレスマストと呼ばれる我が国独自の優秀な伸展マストを使用していますが,「はるか」では前記のアンテナ鏡面を保持するためにさらに強力な伸展マストが必要になりました。SFUの二次元展開機構実験に用いた関節型の伸展マストをさらに改良した高剛性マストにより,安定した展開や収納が可能になりました。
左の写真ははマストブーツをはずした状態での高剛性マストとそれにより張られている鏡面の様子です。このマストはヒンジやスクリュージャッキなどの多くの機構からなっています。そのため力を加えたままで展開させたりすると,思いも寄らない挙動が現れたりして苦労しましたが,最終的には信頼性の高い伸展マストを作り上げることができました。軌道上での実際の展開は予想以上に順調に推移しましたが,もちろんすべて思い通りというわけではありませんでした。鏡面を保持しているプレートの2枚がスムースに開かず,また軌道上で鏡面の抵抗力が増えたことにより6本目の伸展マストのロックに大変手間どりました。それ以外にもさまざまな緊急のケースを想定しそれらの対策も事前に考えられていましたが,最悪ケースに至らずに済ますことができました。
この大型精密展開構造機構の実現により,多くの関連の技術や経験が宇宙研や事業団の衛星に応用され,この分野で世界の最先端に伍することとなりましたのは,関係者全員の多年にわたる努力の結果と思っております。
(名取通弘)
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