No.288e
2005.3 号外

ISASニュース 2005.3 号外 No.288e 


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- No.288 号外 目次
- ごくろうさまでした
- Mロケットの明日を“読む”
- 皆さんありがとうございました
- 「開発」と「自然の叡智」への想い
+ 宇宙研よ,さようなら!
- 思い出に残るスポーツ大会
- 宇宙にかける夢
- 40年は矢のように過ぎて
- お世話になりました
- 心からお礼を申し上げます

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宇宙研よ,さようなら! 

長 瀬 文 昭  


ASTRO-Eを搭載して打上げ準備を終えたM-V4号機の前で。

 私は愛知県尾張北部で1941年に出生・成長し,名古屋大学で教育を受け,1969年に名古屋大学理学部に就職しました。そして1987年に宇宙科学研究所に転任し,現在に至り,今年3月に定年退職することとなりました。従って,私の研究生活の前半は名古屋大学,後半は宇宙研ということになります。もう少し正確にいいますと,2003年秋に宇宙3機関が統合され新生の宇宙航空研究開発機構として再発足して以降1年半は,その宇宙科学研究本部に身を置いたことになります。

 名古屋大学大学院時代は宇宙線研究室で近藤一郎先生の指導を受け,気球実験を行いました。助手に採用されて以降は早川先生の研究室に移り,ロケット実験に参加しました。このころから宇宙研共同利用外部機関の一員として,当時の宇宙研の西村先生,小田先生,平尾先生をはじめ,多くの方々に大変お世話になりました。その後日本最初のX線天文衛星「はくちょう」チームに参加して以来,本格的にX線天文学研究を進めてまいりました。以後「てんま」「ぎんが」「あすか」の製作・試験・運用に参加してまいりました。

 宇宙研に転任したのは1987年の秋で,ちょうど「ぎんが」衛星打上げ後半年を経過し,本格的な観測が始まったころでした。1993年には「あすか」衛星が打ち上げられました。衛星の性能が上がるに従い,X線天文学における研究分野も銀河系内X線源から活動的銀河核,銀河団へと広がっていきましたが,私自身は終始銀河系内のX線連星の研究を続けてまいりました。このように35年間にわたって宇宙研での宇宙科学研究に携わってきましたので,「宇宙研よ,さようなら!」には万感の思いがあります。

 私が宇宙研に移った後の「ぎんが」「あすか」の時代は,米国がアポロ計画などで疲弊し科学観測衛星計画が停滞していたころで,日本の両衛星はESAのEXOSAT,ドイツのROSATとともに世界のX線天文学を支える原動力となっていました。また,「ぎんが」「あすか」はX線天文学分野において日本主導の本格的な国際協力が試みられたもので,これを通じて日本のX線天文学は世界の最前線に躍り出ました。

 私は宇宙研では,これら両衛星の観測公募,選考,国際間調整,観測計画立案,衛星の追跡運用,受信データの基本処理と配布・公開の一連の仕事に携わることができ,本当に幸運であったと思っております。

 2000年に「あすか」衛星が大気圏突入・消滅してその使命を果たした後,私は仕事の軸足をX線グループでの研究から宇宙科学情報解析センター(通称PLAINセンター)の管理運営に移しました。本当は2000年に打ち上がる予定であったASTRO-Eでもう一仕事,そのデータ解析を楽しみたかったのですが,打上げ失敗でこの望みは絶たれました。そのころちょうど新A棟が完成し,それまであちこちに散在していたPLAINセンターメンバーがその2階に集結し,センターの運用も円滑になりました。

 PLAINセンターにはさまざまな分野の研究者,技術者が集まっており,“我々が科学衛星運用とデータ処理推進の横糸になろう”を合言葉として働いてきましたが,その理念も定着してきたように感じます。安心して後進にその使命を託して職を去ることができます。

 科学衛星においては,その設計から製作,試験を経て打ち上げるまでには多くの苦労がありますが,成果の結実は,打上げ後各種試験を経て定常観測モードに入ってからが勝負です。基礎科学の中にあってとりわけ巨額の経費を要する科学衛星ミッションにおいては,広くその学問分野,関連学会における研究の発展に格段の貢献を果たし,人類の自然観・宇宙像の創出・進化に際立った寄与をしていくことが望まれます。本機構では,長期にわたる事業や研究開発の齟齬・失敗から復帰すべく,信頼性の回復が叫ばれております。安全確実なプロジェクト遂行は当然のことですが,科学衛星ミッションにおいては同時に,先端的な研究や宇宙技術に挑戦し,これに続く宇宙開発を先導していく気概も必要です。

 また,最近機構内で縦糸・横糸マトリックス論など組織改革が検討されています。結構なことと思いますが,結局は“組織は人なり”です。本機構が,優れた理念と大局的な展望を持つ指導者層のもとで,高い専門的能力とあふれる情熱を持った研究者・技術者集団が結束して事業に取り組む組織となれば,傑出した成果を世に出し,いずれ世界の宇宙開発の中枢となるものと期待しております。

 最後に,私がここまで大過なく勤めさせていただいたのも当研究本部の教職員の皆さま方のご支援ご協力のおかげであり,ここに皆さまに厚くお礼申し上げます。退職後は後進の皆さまのご活躍を願いつつ,本機構および当研究本部の発展と成果を見守らせていただきたいと思います。

(ながせ・ふみあき 宇宙科学情報解析センター) 



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