No.288e
2005.3 号外

ISASニュース 2005.3 号外 No.288e 


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- 宇宙研よ,さようなら!
+ 思い出に残るスポーツ大会
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思い出に残るスポーツ大会 

平 山 昇 司  


駒場1号館脇にて

 私が入所した当時の東大宇宙航空研究所では,あらゆる種類のスポーツが盛んに行われていました。そして,各建物が部単位としての機能も備えていたので,各部対抗戦として運動会や所内球技大会が毎週のように行われていました。

 中でもロケットグループと一緒になってからの中庭でのソフトボール大会は,大いに盛り上がりを見せていました。また,私が所属していた航空力学部(1号館)では,昼休み時に「谷・東研究室」対「佐藤・栗木研究室」でのバレーボール(9人制)対決が楽しい思い出として心に残っています。

 所内球技大会では初めてするスポーツもありましたが,何とかこなし,私自身も楽しんだものです。また東大学内での教職員レクリエーション大会や文部省主催による大学対抗戦,官庁大会などに参加するメンバーにも恵まれて先輩・同僚たちと練習に励み,共に汗を流し,試合に参加しては勝っても負けても酒を酌み交わし,反省を込めて話し合ったことも思い出されます。

 1966年,当時の試作工場に正式に採用となり,東大宇宙航空研究所が改組される1981年までの期間,研究室からの機械工作を必要とする実験装置の試作や治工具などの製作・修理などに従事してまいりました。またサービス工場としての機能もあった関係上,初めて工作機械を使用する教職員・学生たちの技術指導にも努めてまいりました。

 1981年,東大宇宙航空研究所から文部省宇宙科学研究所へと改組されたのを機に,雛田研究室へ出向を命じられました。ロケットグループの一員として,観測ロケットの回収部の一部でもある炭酸ガスを使ったニンジン型エアバッグの供給装置およびアジ化ソーダと金属酸化物を混合し圧搾成型したドーナツ型エアバッグの開発や,タイマー付シーマーカの開発にも携わってきました。

 また出張先ではKSCでランチャ班,NTCでスタンド班,SBCにおいてはランチャ班として,打上げ,組み立て,放球にかかわってまいりました。特にSBCでは,放球後の船での回収作業も行ってまいりました。

 振り返ってみるに,東大18年間,文部省22年間,良き先生方・先輩・同僚に恵まれたおかげで今日まで無事勤めることができ,本当に良かったと思っております。独立行政法人になっての1.5年間は古巣の工作室に配置換えとなり,現在に至っております。ありがとうございました。

(ひらやま・しょうじ 技術開発部飛翔体技術グループ) 



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