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宇宙科学の最前線

太陽フレアの発現メカニズム解明に取り組む「ひので」 太陽系科学研究系 准教授 清水敏文

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フレア発生の標準的な最新描像

 これまでの観測・理論的研究から、太陽物理学者の多くは、噴出を伴うフレアの発生について図2のような描像を持っている。太陽磁場の太陽面下からの浮上や熱対流運動による磁場の移動によって、磁気ロープ(※1)がコロナ中に形成・成長する。このとき、太陽表面の磁場分布マップ(表紙、左)には、正極・負極が双極型分布(棒磁石がつくり出すような磁場分布)からずれた磁場構造が観測される。


図2 フレア発生の標準的な全体描像
図2  フレア発生の標準的な全体描像 [画像クリックで拡大]

 この磁場構造は、ねじられるに従ってさらにエネルギーが蓄積され、電磁流体力学(MHD)的に安定性を徐々に失っていく。さらに、このような系のどこかで磁気リコネクションが局所的に起きると、不安定化と磁気リコネクションが相乗的にダイナミックに発展し、蓄積されたエネルギーの解放が劇的に加速されるのではないかと想像されている。磁場構造は、ねじれた磁気ロープを上空に噴出させるまで発展する。フィラメント噴出(※2)や、コロナ質量放出(CME)(※3)として観測される過程である。

 磁気リコネクションは、1991年に打ち上げられた太陽観測衛星「ようこう」の軟X線・硬X線撮像観測によって、その存在を強く支持される証拠が得られ、フレアのエネルギー変換機構として広く認知されるに至った。その一方で、太陽コロナでは磁気拡散の時間スケールが非常に長く、数十秒から十数分と短いフレア爆発の時間スケールを説明するのに難点があり、現在は磁気リコネクションの高速化の物理に関する検討が観測・理論・実験の連携で進められている。

 さらに、ほとんどよく分かっていないのが、フレアを発現させる機構、すなわち磁気リコネクションと不安定化の相乗的発達をトリガーする(きっかけとなる)物理的な機構である。近年、大規模な数値シミュレーションが可能になり、単純化した磁場構造のもとで、フレアのトリガーからコロナ噴出に至るまでのシミュレーションが行われている。名古屋大学の草野完也氏らは、フレア噴出に至る磁場構造の条件を探るパラメータサーベイを行い、シアした(※4)コロナ磁場がエネルギーを蓄えた状況で、磁気中性線(※5)上に小さな双極磁場が出現した場合、噴出まで発展するフレアは大きく分けて2種類のタイプがあることを指摘した。その二つは、シアしたコロナ磁場に対して双極磁場の方位角が異なり、「逆極性型」と「反シア型」と呼ばれる。この小さな双極磁場は、フレア発現の起点になる“トリガー”磁場であると考えられる。


「ひので」によるトリガー磁場の特定

 果たして、実際のフレアにおいて、トリガー磁場を観測から特定でき、そして理論予想のような磁場の条件でフレアが観測されるだろうか? 名古屋大学大学院生の伴場由美氏らは、「ひので」に搭載された可視光磁場望遠鏡による精密かつ最高解像度の偏光分光計測で得られた太陽表面の磁場マップを用いて、小さなトリガー磁場の特定に取り組んでいる。フレアの前兆となる磁気リコネクションによる小さな彩層加熱(増光)をマーカーとして用いる手法を開発し、まだ4例と極めて限定されているが、「逆極性型」と「反シア型」それぞれのトリガー磁場を特定することに成功した。しかし、一般性があるかどうかを明らかにするには、多くのフレアを統計的に調査する必要がある。視野が狭い「ひので」観測ではフレア数に限界があるが、NASAが2010年に打ち上げたSDO(ソーラー・ダイナミクス・オブザバトリー)衛星による磁場マップは統計的調査に有用なはずである。解像度や精度は「ひので」には及ばないが、SDOは太陽全面を常時観測しており、ほぼすべての大規模フレアについて観測があるからである。「ひので」で開発されたトリガー磁場を特定する手法をSDOのデータにも適用してトリガー磁場の検出可能性を検討したところ、トリガー磁場が大きく成長する場合にはトリガー構造の特定が可能なようである。ただし、比較的大きな誤差が含まれ、「ひので」の空間分解能や磁場測定精度が必要な場合もあるようである。今後「ひので」とSDOのそれぞれの長所を活かして、両衛星のデータを相補的に用いることで、トリガー研究の発展が期待されるだろう。


※1 磁気ロープ:あたかも糸をより合わせてできたロープのような磁場の構造
※2 フィラメント噴出:プロミネンス(紅炎)が上空に飛ばされる現象
※3 コロナ質量放出:太陽から惑星間空間へ向けて突発的にコロナガスの塊が放出される現象
※4 シアした:正極・負極が双極型分布からずれること
※5 磁気中性線:正極と負極の境界線

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