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宇宙科学の最前線

SMILESがもたらした科学成果と課題 JAXAプロジェクト研究員 今井弘二

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初めてずくめのSMILES

 SMILES(超伝導サブミリ波リム放射サウンダ)をご存知でしょうか? 台風や雷などの気象現象が起こる対流圏(高度0〜15km)の上空に、オゾン層のある成層圏(高度15〜50km)が広がっています。オゾン層は地上の生物にとって有害な紫外線を吸収してくれる役割を果たしていますが、かつて人為起源の物質(一般にフロンと呼ばれているクロロフルオロカーボン類)によって大規模に破壊されました。その後、オゾン層を破壊する物質の排出を規制する国際条約(1987年のモントリオール議定書とその修正条項)が採択され、その効果は徐々に表れているように見えます。しかしながら、さまざまな研究機関によるオゾン層の回復予測には大きなばらつきがあり、また地球温暖化がオゾン濃度に及ぼす影響についても懸念されています。これらの状況を正確に把握し、来るべき将来を評価するためには、成層圏のオゾンと微量成分(窒素分子と酸素分子以外のわずかな分子)の高精度なデータを地球全域にわたって得ることが必要です。そして、その役目を担うのがSMILESでした(図1)。


図1a SMILESの構造と観測の概略図

図1b SMILESの構造と観測の概略図
図1  SMILESの構造と観測の概略図 [画像クリックで拡大]
SMILESは、アンテナを地球の縁に向けて、成層圏のオゾンと微量成分が放射するサブミリ波を高精度で観測する。


 SMILESは、2009年9月11日にH-IIBロケット試験機(初号機)によって打ち上げられた宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)技術実証機(初号機)に搭載されて同月25日に国際宇宙ステーション(ISS)に運ばれ、日本実験棟「きぼう」の船外実験プラットフォームに取り付けられました。大気中の微量成分の放つ微弱なサブミリ波(波長1mm以下の電波)を捉えるための高感度な検出器と、その検出器の雑音を理論限界近くまで抑えるための4K機械式冷凍機(絶対温度4K=−269℃)の世界初の宇宙技術実証も兼ねていました。さすがにこうも“初”が続くと実際に観測まで至るのか不安でしたが、2009年10月から約半年間にわたって、それまでの大気観測を凌駕する最高精度の観測を実現し、大気科学にさまざまな新知見をもたらしています。本稿では、そのSMILESによる成果のうち二つの研究と次期観測計画の概要を紹介します。


日周変動が明らかになった成層圏のオゾン

 上述したように、成層圏のオゾンは地上の生き物を有害な紫外線から守っていますが、それだけでなく地球の熱収支などに影響を与え、気候の形成に極めて重要な役割を果たしています。そのため、これまでにさまざまな観測手法によってオゾンのモニタリングが行われてきました。

 その一方で、京都大学生存圏研究所 日本学術振興会特別研究員(PD)の坂崎貴俊氏らは、SMILESの特徴である高精度かつ太陽“非同期”の観測データ(※1)を利用して、成層圏のオゾンが日周変動していることを示しました(図2)。さらに、化学輸送モデル(大気中に存在する化学物質の分布や、その変動を計算する数値モデルの一種)の解析により、成層圏オゾンの日周変動は、それまで考えられていた光化学変化(太陽光の日周変動による影響)だけでなく、力学効果(大気の潮汐に伴う上昇流/下降流の鉛直輸送効果)も重要であることを突き止めました。


図2 熱帯(南緯10°〜北緯10°)におけるオゾン量の日周変動の時刻−高度断面図
図2  熱帯(南緯10°〜北緯10°)におけるオゾン量の日周変動の時刻−高度断面図 [画像クリックで拡大]
左はSMILESの観測結果、右図は化学輸送モデル(SD-WACCM)のシミュレーション結果。単位は日平均値に対する割合を示している。(Sakazaki et al., 2013から引用)


 さて、なぜこの結果が重要であるのかというと、その日周変動の平均値からの振れ幅は最大で8%にも達し、オゾン量のトレンド解析を推定するに当たって決して無視できない大きさだからです。これまでのほとんどの太陽同期軌道にある衛星や定刻に実施している地上や気球の観測データを用いたトレンド解析の結果は、観測時刻に偏りがあるため、日周変動を考慮した補正を行う必要があるのです。本成果は、地球物理学の専門誌『Journal of Geophysical Research(JGR)』に掲載されました。また、オゾン量の変動に関する新知見として、国連環境計画(UNEP)と世界気象機関(WMO)が3、4年ごとに発行しているオゾン層破壊の現状や見通しについて記述された報告書『オゾンアセスメントレポート2014』にも取り上げられました。


(※1) 太陽非同期の観測データ:衛星が太陽非同期の軌道である場合、異なる地方時間の観測を行えるため、日周変動の現象を調査することができる。

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