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宇宙科学の最前線

SMILESがもたらした科学成果と課題 JAXAプロジェクト研究員 今井弘二

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日食を利用したオゾン光化学の検証

 成層圏オゾンの将来予測のために構築されている化学輸送モデルは、精度を向上させるために、さらに上層の中間圏(高度50〜80km)までを取り扱うのが一般的になっています。しかしながら、その中間圏のオゾン量は、下層に比べて単純なメカニズムで決まっていると考えられているにもかかわらず、長年にわたって観測と化学輸送モデルの不一致(※2)が指摘されています。これはモデルが不完全であるからというのは言うまでもないことですが、その原因が、我々のまだ知らない化学反応や現象によるものなのか、それとも化学反応係数などの地上実験の結果がモデルに正しく取り込まれていないためなのか、よく分かっていません。そのため、オゾン量を決める要因を確認する必要性が高まっています。

 そんな折、SMILESの観測期間中の2010年1月15日に今千年紀で最長の金環日食が起こりました。そして、その日食のときに、月によって太陽光が遮られ影となった領域をSMILESは偶然にも観測したのです(図3)。ご存知の通り日食は太陽光量が短時間で変化する自然の現象ですが、筆者と共同研究チームは、地球規模の摂動実験であると考え、オゾン光化学に関する既存の理論を検証すべく、SMILESが観測したデータの解析に着手しました。


日食時にSMILESが観測した中間圏オゾンの様子
図3  日食時にSMILESが観測した中間圏オゾンの様子 [画像クリックで拡大]
白破線の等高線は食分率(太陽の直径と月に隠された幅の比率)で10%置きに示している。白矢印はSMILESの観測が進む方向を示しており、白線上の丸印はSMILESの観測点である。また、それらの色は高度64km(中間圏)におけるオゾンの混合比(空気1モル当たり含まれるある気体Xのモル数であり、理想気体の場合は単位体積当たりのある気体Xの体積)を示している。


 図4はSMILESの観測値と理論式を比較した結果です。ものすごく大まかに説明すると、日食時の減光(x軸方向)に伴うオゾンの増加量(y軸方向)を示しています。主となる化学反応の違いから、中間圏の上部と下部で理論から導出された関係式は異なりますが、SMILESの観測値はいずれともよく合っていることが分かります。これはすなわち、中間圏のオゾン光化学に関しては我々の考えが妥当であることが確認されたことを意味しています。


図4 日食時の減光に伴うオゾンの変化量
図4  日食時の減光に伴うオゾンの変化量 [画像クリックで拡大]
左右の図はそれぞれ高度58km(下部中間圏)と高度67〜70km(上部中間圏)の結果である。縦軸は日食時と通常の昼間のオゾンの濃度比(つまりオゾンの変化量)を、横軸は減光率の逆数をそれぞれ対数で表している。また、破線と実線は、それぞれ下部中間圏と上部中間圏の理論から求めた関係である。(Imai et al., 2015から引用)


 本研究は日食という非常にまれな現象を利用したオゾン光化学の検証であり、天文学と大気科学を合わせた分野横断型の複合研究です。その成果は、地球物理学の専門誌『Geophysical Research Letters(GRL)』に掲載され、2015年6月に三つの研究機関(宇宙航空研究開発機構、国立環境研究所、京都大学生存圏研究所)の合同でプレスリリース(※3)も行いました。

 筆者らの研究チームは、オゾン以外の微量成分についても日食時に変動する様子を捉えることに成功しており、それらのデータ解析を進めています。


(※2) 中間圏オゾン量の観測と化学輸送モデルの不一致:中間圏のオゾンは、主にHOX(HとOH、HO2の総称)との連鎖反応によって消失すると考えられており、そのHOXの存在量について観測とモデルの不一致が指摘されている(HOXジレンマ)。したがって、オゾン量の観測とモデルの不一致は、HOXに関する化学反応過程であると推測されているが、未解決の問題である。

(※3) プレスリリース:日食を利用して太陽光が大気中のオゾンへ与える影響を調査(JAXAプレスリリース 平成27年6月12日)

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