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宇宙科学の最前線

流れのシミュレーション科学 JAXAインターナショナルトップヤングフェロー 河合宗司

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 小学生のころ、両親がNECのPC-98シリーズを購入したこともあり、私は初めてコンピュータで遊ぶ機会を得ました。CPUの演算能力は8MHz程度、ハードディスクの容量は20MB程度だったと思います。それからほぼ10年後、大学の研究室に配属され購入したノートパソコンは、CPUが266MHz、ハードディスクが2GB(約2000MB)。それからさらに十数年たった現在、愛用しているMacBook Airは、CPUがデュアルコアの1.7GHz(1700MHz)、ハードディスクが512GB。またスマートフォンでさえ、一昔前のコンピュータを上回る性能を持っている! というように、コンピュータは目覚ましい進歩を遂げています。

 私が専門とする流体力学分野では、このように急速な進歩を遂げる汎用コンピュータや、演算性能がおおよそ10年で500倍から1000倍というスピードで向上し続けているスーパーコンピュータの進歩を背景に、数値シミュレーションが理論・実験と並んで研究の第三の柱となっています。ここでは私たちの行っている、宇宙科学に関わる数値シミュレーションを用いた流体力学研究について紹介したいと思います。

宇宙科学と深く関わる流体力学

 流体力学現象は、目に見えないことが多いですが、私たちが生活するさまざまな場面で登場し、かつ利用されています。宇宙科学にとっても同様で、宇宙科学と流体力学は切っても切れない関係にあります。

 ゴルフボールの表面にはディンプルと呼ばれる凸凹があります。これには流体力学現象(乱流現象)が深く関係していて、ボールに加わる空気力を改善し、主に飛距離を伸ばしたり軌道を安定させたりする効果があります。この空気力に関わる流体力学現象は、宇宙研で研究が進められている火星を探査するための火星飛行機の空力設計や、小惑星イトカワの表面の物質を地球に持ち帰った「はやぶさ」の再突入カプセルの空力安定性、そのどちらにも深く関わっています。また、風の強い日に電線の近くでヒューという音を聞いたことはありませんか? これも流体力学現象によるもので、空力音と呼ばれています。ロケットエンジンの排気ジェットから発生する強烈な空力音は、ロケットに搭載する人工衛星などのペイロードに影響を与えるため、重要な研究対象となっています。加えて、液体ロケットエンジン設計に関わる再生冷却や燃料の混合・燃焼、さらには宇宙空間に飛び出しても、太陽風と地球磁気圏との干渉や超新星爆発に至るまで、宇宙科学と流体力学は密接な関わりを持っています。

 このように宇宙科学とも深い関わりを持つ流体力学現象を詳しく理解することは、宇宙工学から宇宙理学まで宇宙科学全般を進める上で重要な要素となっています。

数値シミュレーションとは

 流体力学現象を詳しく理解するためのアプローチとして、理論・実験と並んで数値シミュレーションがあります。数値シミュレーションが持つ利点をいくつか挙げると、①時間的にも空間的にも高い分解能で流体現象を詳しく調べられること、②高マッハ数や高レイノルズ数、極低温や高温・高圧、宇宙空間での現象など、特に宇宙科学で多く見られる、実験そのものが困難もしくは実験費用が莫大になる条件であっても数値シミュレーションなら自由に設定できること、③実験と比べ経済的・時間的に有利なこと、などがあります。

 幸か不幸か、流体現象を記述する方程式の多くは数学的に解くことができません。そこで数学的に解くことができない複雑な流体現象を、コンピュータの演算能力を利用して数値的に解く、というアプローチを取るのが数値シミュレーションです。速度や密度といった流体現象を表す物理量をコンピュータの中で数値として再現し、それらを流体現象を記述する方程式に従ってコンピュータで四則演算を行い、時間発展させて追跡します。

 実験装置を使って流体現象を実験する代わりに、コンピュータを使って(数値)実験を行う。そのように考えると、用いる装置(手段)は異なりますが、実験系を設定し現象を再現させ、そこで起こる流体現象を調べるというアプローチは、実験も数値シミュレーションも同じだということが分かります。

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