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宇宙科学の最前線

流れのシミュレーション科学 JAXAインターナショナルトップヤングフェロー 河合宗司

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宇宙科学と数値シミュレーション

 ここまで述べた数値シミュレーションの利点は一見正しいのですが、高マッハ数や高レイノルズ数、極低温や高温・高圧など、厳しい条件における流体現象を扱うことが多い宇宙科学では、数値シミュレーションがそれらの利点を十分に発揮しているとは言い切れない面も数多く残っています。実験では高精度な新しい実験法や計測機器を開発し、これまで困難であった実験を可能にするのと同様に、数値シミュレーションの利点を十分に発揮するには、高精度な計算アルゴリズムと物理モデルの開発が不可欠になります。

 私たちは、物理的な考察を計算アルゴリズムに反映させることで、これまで数値シミュレーションを用いて流体現象の詳細を精度良く再現することが困難であった、衝撃波を伴う流体(乱流)現象や、液体ロケットエンジン設計に関わる極低温・高圧下の超臨界流体、また実験そのものが困難な宇宙空間でのプラズマ流体現象を、精度良く再現可能とするスペクトル的な空間解像度を持つ計算アルゴリズムを提案しています。衝撃波と乱流現象の干渉解析では、速度の発散にのみ選択的に数値的な拡散を加え、乱流現象である速度の回転現象を精度良く解像することで、複雑な衝撃波と乱流の相互干渉現象を精度良く再現することが可能になりました。

 図1は、この計算アルゴリズムを用いた数値シミュレーションと実験で得られた、超音速エンジン内に噴射される不足膨張音速燃料ジェットの乱流混合の様子を示しています。精度の良い計算アルゴリズムの開発によって、これまで詳細な現象理解が困難であった、超音速エンジン内の衝撃波と乱流干渉現象や燃料の乱流混合現象を精度良く再現することに成功し、時間的にも空間的にも高い分解能で詳細な流体現象を調べることが可能になってきました。

図1
図1 超音速エンジン内に噴射される不足膨張音速燃料ジェットの乱流混合の様子
左図は数値シミュレーション結果(シュリーレン法を模擬した瞬間の密度勾配分布と燃料ジェット分布)、右図は実験による可視化画像(瞬間のPLIF画像[Santiago & Dutton, J. Prop. Power, 1997]と瞬間のOH-PLIF画像[Heltsley, Stanford University 博士論文, 2010])。上図はジェット中心断面を横から見た可視化結果、下図は壁面に水平な上からの可視化結果。


 またJAXA情報・計算工学センターでは、数値シミュレーションの特性や費用的・時間的な利点を活かし、イプシロンロケット打上げ時の空力音を低減する射点形状を調べ、実際の射点設計に活かしています(図2)。数値シミュレーションを設計に活用することで、従来の方法と比べ10分の1以下の費用で、空力音を以前のM-Vロケットの10分の1以下に軽減することに成功しています(詳細は、情報・計算工学センターホームページのトピックス「世界初、音響シミュレーション技術による射点の最適設計」もご参照ください)。

 これらの研究成果は、流体力学・計算力学研究者による計算アルゴリズムや物理モデルの開発が、数値シミュレーションの持つ利点をフルに発揮する上で不可欠なキー要素になっていることを示しています。

図2
図2 イプシロンロケット打上げ射点設計に活用された音響シミュレーション結果(左)と実際の射点(右)
ロケットエンジンの排気ジェットから発生する強烈な空力音(圧力波)を数値シミュレーションで再現し、実際の射点設計に活用。 (左:JAXA情報・計算工学センターの堤誠司博士より提供、右:JAXAデジタルアーカイブスより)


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