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宇宙科学の最前線

流れのシミュレーション科学 JAXAインターナショナルトップヤングフェロー 河合宗司

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数値シミュレーションを次のステージへ

 では、これまでの計算アルゴリズムや物理モデルに関する研究以外で、数値シミュレーションの特性をさらに活かす別の展開はないでしょうか? 最後に、私たちが考える「数値シミュレーションを次のステージへ」に関する取り組みについて紹介します。

 実際に起こる流体現象や流体機械などの性能は、流れ条件や壁面の状態、さらには製作誤差や変形による物体形状など、無数の偶発的な不確かさ要因に影響されています。加えて数値シミュレーションは、用いる物理モデル(乱流モデルや反応モデルなど)に起因する不確かさ要因にも影響されます。すなわち、これまでのある与えられた条件や物理モデルのもとに行う決定論的な数値シミュレーションから脱却し、本来至る所に存在するさまざまな不確かさ要因が結果に与える影響を定量的に評価できるよう数値シミュレーションを発展させることができれば、実際に起こり得る流体現象をよりよく理解し、さらには実際の性能評価や設計にいっそう役立てることができると私たちは考えています。

 私たちは最近の研究で、注目する流体現象や性能がさまざまな不確かさ要因に対してどのような応答を示すのかを精度良く評価できる、不確かさの定量化法を提案しています。図3は、この不確かさの定量化法と数値シミュレーションを用いて、一様流速度の不確かさが遷音速翼まわりの圧力分布にどのような影響を与えるか評価したものです。これまでの決定論的な数値シミュレーション(図3左下図中の青線)とは異なり、不確かさを考慮することで、実際に起こり得る統計的な平均値とその信頼性上下限、さらには信頼性上下限を構成する確率密度分布を定量的に評価することが可能になります。

図3
図3 一様流速度に存在し得る不確かさを考慮した(一様流速度に対して0.6%程度の分散を持つ正規分布として考慮)遷音速翼まわりの数値シミュレーション
Krigingモデルに基づく不確かさの定量化手法を用いて一様流速度の不確かさが翼まわりの圧力分布に与える影響を評価。

 これらの研究成果は、単にこれまでの決定論的な数値シミュレーションから脱却し、さまざまな不確かさ要因による影響を定量的に評価するのみにとどまらず、数値シミュレーションの次のステージを示唆するような可能性を持っていると私たちは考えています。すなわち、さまざまな不確かさ要因が及ぼす影響を解析することで、宇宙科学では特に重要となる信頼性の評価や、感度や重要度の示唆、またその感度や重要度をつかさどる流体現象の理解、ロバスト設計への貢献、さらには不確かさを有するより幅広い学術分野へも展開できるのではと考えており、現在研究を進めています。

おわりに

 宇宙科学と流体力学の関わり、また流体力学の研究者が数値シミュレーションを用いて宇宙科学の発展にどう貢献しようとしているのか、その一端をかなり主観的だったとは思いますが紹介させていただきました。宇宙工学から宇宙理学まで宇宙科学全般を進める上で、流体力学や計算力学の発展は重要な要素の一つになっています。数値シミュレーションは複雑で美しい流体力学現象の詳細を理解し、さらに私たちのために活用する上で非常に強力なツールとなります。流体力学・計算力学の研究者として、さらなる学術の発展に貢献できればと思っています。
(かわい・そうし)


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