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宇宙科学の最前線

ソーラーセイルによる深宇宙航行技術の実現 宇宙飛翔工学研究系 助教 津田 雄一

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開発:システムとしてのイカロスの実現

 イカロスを、実際に宇宙を飛ぶ探査機システムとして成立させるには、セイル展開技術以外に数多くの課題を克服する必要がありました。少人数のチームでイカロスを実現できたのは、開発メンバー同士の意思疎通が極めて良く、かつ皆が進んで自分の守備範囲・専門分野を超えた貢献をしたことと、献身的なサブシステムのスタッフ、Hard Workingなメーカーの方々との強い信頼関係に基づく良いチームワークがつくれたからこそです。

 航行システムとしてのスピン型ソーラーセイルの最大の課題は、大面積膜が回転することによる角運動量をいかに自在に管理し、制御するかでした。そのためには、(1)展開後のセイルに生じるしわとそれによる太陽光圧擾乱を予想し管理する、(2)柔軟かつ大角運動量のセイルを省燃料かつ安定的に制御する、という2点を実現する必要がありました。(2)を解決するために行った数多くの技術的工夫は、『ISASニュース』2011年1月号(No.358)の記事に詳しいので参照ください。

 他方で、(1)の課題は難しいものでした。柔軟なセイルに展開後どのようなしわができるかを前もって予想するのは、事実上不可能です。しかし、そのしわの形状によって、太陽光圧による擾乱トルクのかかり方が大きく変わるのです。イカロスの打上げ後、まさにそこに発見があったのです。

運用:渦巻き運動の発見

 私たちは、先に述べた構造部会、材料部会と並んで、イカロスの展開後のソーラーセイル航行評価を行う「加速度部会」をつくっていました。この部会は、宇宙研内外の軌道計算の専門家と学生十数名で構成され、実運用で得たデータから光圧加速性能を評価し、ソーラーセイルによる軌道・誘導・航法に関する研究題材なら何でも扱う大変アクティブな研究会でした。血気盛んな若者が多い会だけに、食欲も旺盛で、検討会後には“過食度部会”と称して、焼肉に繰り出すことも幾度か。

 ソーラーセイル航行においては、軌道制御とは帆の向きの制御であり、それはすなわち姿勢制御ですから、姿勢運動の理解は最も重要な要素です。加速度部会は、イカロスの姿勢運動について、打上げ前から2つのことを予想していました。「風車効果」と「スピン軸の太陽追尾特性」です。

 風車効果は、風により風車が回るのと同じように、しわを有するセイル表面に太陽光が当たることによりスピンレートが変化する挙動で、これはまさにイカロスのセイル展開完了直後から観測することができました。

 他方で、スピン軸の太陽追尾特性とは、光圧がスピン衛星に作用することにより、スピン軸が円弧を描きながら太陽を追尾する、という挙動です(図2左上)。この特性をうまく利用すると、スピン衛星を無燃料で太陽指向させることができます。燃料を喪失した「はやぶさ」を助けられたのも、この運用法のおかげでした。

 ところが、私たちがイカロスの実運用で観測した姿勢履歴は、一定の半径の円弧ではなく、半径が徐々に縮まる“渦巻き”運動でした(図2右)。当初は、実世界と理想的な数式の世界のちょっとした誤差であろうと考えましたが、あまりに傾向が系統的なので、私たちは運用の傍ら管制室で紙と鉛筆で数式をいじって議論を戦わせたものです。

 1ヶ月後、加速度部会が、この謎に答えを出しました。原因は、セイル表面のしわ。しわのパターンと姿勢運動の関係を、明快な数式で明らかにしたのです。その数式が示唆するのが、まさに渦巻き運動でした(図2左下)。

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図2 イカロスの「渦巻き運動」
左上:従来想定していたスピン軸の円弧運動、左下:スピン軸の渦巻き運動、
右:イカロスの実際の姿勢履歴


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