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宇宙科学の最前線

IKAROSのソーラーセイル航行技術 宇宙航行システム研究系 月・惑星探査プログラムグループ 助教 津田 雄一

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 2010年5月21日にH-IIAロケット17号機により打ち上がった小型ソーラー電力セイル実証機IKAROSは、12月8日に計画通り金星近傍を通過しました。

 IKAROSが目指すソーラー電力セイル技術は、4つの大きな柱からなります。それは、(1)宇宙空間での大面積セイルの自動展開(セイル展開技術)、(2)セイル上の薄膜電池での発電実証(電力セイル技術)、(3)太陽光圧による加速の確認、(4)ソーラーセイルによる航行技術であり、金星通過までの6ヶ月間で、これらの技術実証項目をすべて完遂することができました

 本稿では、特に上述の(3)と(4)、すなわちIKAROSが実現したソーラーセイルによる深宇宙航行技術について紹介しましょう。


IKAROSの姿勢軌道制御システム

 IKAROSはスピン安定方式の宇宙機です。大きな特徴はもちろん、"セイル(太陽帆)"。サイズ14m×14m、厚み7.5μmという巨大で超柔軟な構造物です(図1)。6月9日のセイル完全展開成功の前も後も、セイルそのものや展開システムばかり注目を集めていましたが、展開したセイルを使ってきちんと"ソーラーセイリング"するには、姿勢制御システムの役割はとても重要です。一方でIKAROSは、低コストであることを厳しく求められてもいました。そこでIKAROSでは、目立ちはしないがいぶし銀に光る新しい姿勢系システムに挑戦しているのです。4つほど具体例を挙げましょう(図2)。

図1
図1 分離カメラ(DCAM)から撮影した、深宇宙航行中のIKAROS


図2
図2 種子島で最終整備中のIKAROS
赤枠で強調した機器が姿勢軌道制御系関連機器


 第一に、推進系。IKAROSは姿勢制御用に「気液平衡スラスタ」という新しいタイプの推進系を搭載しています。推薬としては代替フロンを使用しており、液相で貯蔵し気相で噴くために、低圧かつ貯蔵容積の小さい推進系を構成することができます。代替フロンは無毒であり、ピギーバックとして打ち上げられたIKAROSにとって、射場作業やロケットインターフェースの簡素化の観点でも、とても扱いやすい推進系でした。

 第二に、姿勢検知方式。通常、スピン衛星では太陽センサとスタースキャナあるいは地球センサにより、宇宙空間でのスピン軸方向を一意に決めますが、IKAROSでは太陽センサと通信用のローゲインアンテナ(LGA)を用いて姿勢決定をしています。これは、宇宙機自体のコストを抑えるためです。LGAから発射された電波の周波数は地上で受けるときに、軌道運動だけでなくスピンによってもドップラーシフトします。このドップラーシフトの仕方は、地球とIKAROSのスピン軸の相対関係で決まります。そこで、ドップラーシフト量を計測することで"地球角"を逆算することができるのです。この手法は、「はやぶさ」でも緊急時に使われていたものを進化させたものです。IKAROSはハイゲインアンテナを持たないため、とても細い回線での運用を余儀なくされています。この方法だと、テレメトリをデコードせずとも、搬送波だけで姿勢がある程度分かるので、その意味でも実際の運用では大変重宝しています。


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