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宇宙科学の最前線

IKAROSのソーラーセイル航行技術 宇宙航行システム研究系 月・惑星探査プログラムグループ 助教 津田 雄一

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IKAROSの軌道を操る

 これらのお膳立てがそろって、やっとソーラーセイルにおける航法誘導が語れるようになります。IKAROSにおける航法誘導は、軌道決定と軌道制御の2つの作業に大別されます。

 ソーラーセイルにおける軌道決定の難しさは、常に光圧による微小な摂動が作用した状態で行う必要があることです。「はやぶさ」でも難航した微小推力下での軌道決定が、IKAROSでは通常運用で要求されています。他方で、この摂動を正しく推定することができれば、軌道上でのセイルの状態、すなわち"ソーラーセイル性能"を評価することができます。この評価のためにIKAROSチーム内に研究会が立ち上がっており、JAXAスタッフや専門メーカーのほかに多くのポスドクや学生も参加して、フライトデータを使った解析を進めてきました。毎日、臼田64mアンテナの細いビームがIKAROSを見逃すことなく捉え続けてこられたのは、この軌道決定技術のおかげです。現在は、通常の軌道決定よりも高次の光学パラメータを推定することで、より詳細なソーラーセイル性能に関する情報を引き出す努力を続けているところです。

 一方で、ソーラーセイルにおける軌道制御とは、すなわち前節で述べた姿勢制御です。与えられた目標軌道に沿って飛行させるために、太陽に対するセイルの向きを日々制御するのです。IKAROSは特定の目的地を持たないミッションです。軌道は一緒に打ち上げられた「あかつき」に最適化されていました。そこで私たちは、金星を含む衝突断面(専門用語でB-Planeと呼ぶ)上に仮想的な目標点を設定し、その目標点に向けて誘導することで誘導性能を評価していました(図4)。つまり金星距離に仮想的に的を設定して、その点を目標に飛行したわけです。このようにして、H-UAロケットにより「あかつき」とほぼ同じ軌道に投入されたIKAROSを、「あかつき」とは金星を挟んで太陽と反対側(つまり金星の夜側)を通過させることができました。詳細な誘導航法性能の評価はまだ継続中の段階ですが、IKAROSチームは、ソーラーセイリングの技術を獲得した手応えを感じています。


図4
図4 金星相対誘導の結果
右下は金星B-Plane(金星を含む衝突断面)相対誘導の概念図。左上は実績。弾道飛行ではB-Plane上の投影点は時間とともに動かず1点で表される。IKAROSがソーラーセイルにより非弾道飛行をするため、B-Plane上で1点ではなく軌跡を描いている。


むすびに

 IKAROSは、金星を通過するまでの6ヶ月で、およそ100m/s分の加速を太陽光圧から得ました。これは一般的な弾道飛行の深宇宙探査ミッションの軌道修正用推薬量に匹敵するオーダーです。しかもこの御利益は、単純に飛行時間に比例します。私たちが次の技術目標として掲げているセイル面積はIKAROSの10倍、ミッション期間は5年以上です。これは加速能力としては数km/s。ロケットの加速能力を無燃料で手に入れるようなものです。しかも、大面積セイルを発電面としても使うことで、高比推力大電力の電気推進系を駆動し、ミッション計画の自由度を高めようとしています。いかにソーラー電力セイル技術が、将来の深宇宙探査を変え得るかが、お分かりいただけるのではないでしょうか。

(つだ・ゆういち)



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