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宇宙科学の最前線

IKAROSのソーラーセイル航行技術 宇宙航行システム研究系 月・惑星探査プログラムグループ 助教 津田 雄一

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 第三に、可変反射率素子(液晶デバイス)。エグゼクティブなオフィスルームに時々見られる、電気曇りガラスの一種です。IKAROSではこれをセイルと同じポリイミド薄膜内に封入し、電源をON/OFFすると反射率が変化するものを開発しました。これをセイルの周辺部に並べ、スピンレートと同期してON/OFFを繰り返すと、太陽光圧のかかり方にアンバランスが生じ、宇宙機全体にスピン軸を傾けるトルクが発生します。これにより、燃料を使わずに、光圧で姿勢制御をすることができるのです。プレスリリースなどでも発表されている通り、これはとてもよく機能しています。

 第四に、姿勢制御ロジック。何しろ、巨大で超柔軟な膜を常にくっつけて飛行しているため、帆の向きを変えることで軌道制御を行うソーラーセイルでは、巨大柔軟構造物の安定的な形状維持と迅速な姿勢制御という、相反する要求を満たす必要がありました。スピン宇宙機の姿勢制御では、一般的に「ラムライン制御」と呼ばれる古典的な制御則が用いられるのですが、IKAROSではこれに柔軟構造物対策を施した「Flexラムライン制御」という制御則を用意しました。ところが、です。幸か不幸か、IKAROSのセイルは十分に構造減衰が強かったため、この新制御則が目に見えて役に立つことはありませんでした。制御屋としては残念ですが、宇宙開発に付き物の石橋をたたいた結果なので、ポジティブに考えなければ、ですね。


太陽光圧加速を確認!

 2010年6月9日に、IKAROSはセイルの完全展開に成功しました。セイルの展開状況を即座に確認できたのは、ジャイロの情報、次いで、ドップラーでした。セイル展開中は能動的な姿勢制御はしないので、宇宙機のスピンレートは、角運動量保存則に従います。つまり、ジャイロデータによりスピンレートの下がり具合を見ていると、セイルがどれだけ展開したかが分かるのです。姿勢担当は、このデータをモニターしていました。

 一方で、軌道担当は、ドップラーをモニターしていました。前述の通信電波にかかるドップラーのスピンモジュレーションをフィルタ処理して除去すると、地球からどれだけの速さで離れているか、すなわち視線方向速度が分かります。このデータがまさに、セイル展開直後に「加速」を開始したことを示していました。加速量は、3.6×10−6m/s。太陽光圧加速として計画通りの値でした。これがまさに、世界初の深宇宙でのソーラーセイル航行の開始を確認した瞬間だったのです。


IKAROSの姿勢運用ストラテジー

 セイルにかかる太陽光の力は、光圧加速という並進力のほかに、姿勢を乱すトルクとしても作用します。光圧加速を稼ぐ必要のあるソーラーセイルでは、光圧の擾乱トルクは避けては通れない問題です。IKAROSは打上げ前の計画段階から、この光圧トルク擾乱を積極的に利用した姿勢制御を行うことを目指していました。

 IKAROSはスピン安定化方式の宇宙機ですが、セイルが巨大な太陽光圧を受けるために、角運動量保存則に反して、スピン軸がふらつくのです。このふらつきは、セイルの形状や光学特性が正しく分かっていれば、正確に予測することができます。しかし実際には、展開後にセイルにできるしわや光学特性の経時的な変化は、打上げ前の開発段階で正確に予知することができないので、フライトデータを利用してモデル同定をしてやる必要がありました。

 そのようにしてモデル同定し、さらにそのふらつきの“クセ”を逆用して、できるだけ燃料を使うことなく望みの方向へ制御してやる、そんなことがIKAROSでは実現されています。実際、IKAROSの帆の表面が太陽を向き続けるために使った燃料は、ほとんどゼロです。慣性空間に対するスピン軸の変化量は6ヶ月間で180度、つまり無燃料で帆を真反対に向けることができたことになります(図3)。IKAROSにおいては、燃料は、主として帆の向きを迅速に変えたい場合や、スピンレートを維持する制御に使っています。


図3
図3 IKAROSの飛行経路と姿勢
太陽中心の慣性座標系で表示。黒矢印は各時点におけるスピン軸ベクトルの方向を表す。


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