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宇宙科学の最前線

自然が物理学の願いをかなえるとき インターナショナルトップヤングフェロー Dmitry Khangulyan

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 しかし、パルサー風の信号には、観測を可能にする重要な性質があります。それは、パルサー風の信号がパルス的に変動するであろうということです。これは、かにパルサーの場合、パルサー磁気圏でつくられるパルス化したターゲット光子場のフラックスが支配的である、という事実によっています。図2に示すように、ターゲット光子場の時間変動は、パルサー風のガンマ線信号においても維持されるはずです。このことから、パルサー風からの放射を、星雲内でつくられるより明るいほかの放射から区別することが可能となります。さらに、かにパルサーのスペクトルと放射強度は容易に測定できるので、観測されるパルサー風の信号は2つのパラメータ、すなわちパルサー風形成場所までの距離とそのバルクローレンツ因子 ※5 にのみ依存します(図2)。重要なことは、パルサー風からの放射スペクトルの形が非常にくっきりと現れたため、磁気圏放射から明確に識別できることです。

図2
図2 パルサー風における磁気圏パルス放射の逆コンプトン散乱の幾何学的構造 パルサー(左側の黒い点、反時計回りに回転)から放射されたターゲット光子(赤線)は、パルサーからの距離RWのところ(緑の円弧)でパルサー風(緑点線)と作用して、逆コンプトン散乱により高エネルギーガンマ線となって観測者に届く。このガンマ線は、パルサーから直接観測者に届くX線(黄線)に比べ、角度θを回転する分だけ早く出発し、回り道をする分だけ遅く届く。RWが十分大きくなると、この時間差は小さくなり、両者はほぼ同時に観測者に到達する。


 最近、かにパルサーからのパルス状の高エネルギーガンマ線が、2つの大気チェレンコフ望遠鏡 ※6 の研究グループ、MAGICおよびVeritasによって報告されました。そのスペクトルは、パルサー風によってつくられた信号であると解釈することが自然で(図3)、パルサー風の性質をかつてない精密さで測定しています。驚いたことに、その結果は、25年以上も前に示唆された「理想的な」モデルにパルサー風の性質が完全に一致するだけでなく、パルサー風がこのモデルが予測していた状態にほぼ瞬間的に(星雲の大きさの10億分の1に等しい距離で)収束することを示唆しています。これは、非常に複雑な現象が最も単純なモデル理論に期待以上に当てはまったという、唯一の例です。

図3
図3 パルサーからのガンマ線放射のスペクトル(MAGIC、VERITAS, Fermi-LATによる測定)をパルサー風の理論モデルによる予測スペクトルと比較した図
異なる色の曲線は、モデルのパラメータを変えたもので、これからパルサー磁気圏やパルサー風の加速について詳しく知ることができる。


(ドミトリー・カングリヤン/日本語訳監修:小高裕和)


※1 非熱的放射:物質の温度に応じて強度が決まる通常の放射(熱放射)とは異なる物理過程による放射。ここでは、高エネルギーの粒子に由来する。
※2 プレリオン:パルサーと周囲の星雲(パルサー星雲)をひとまとめにした天体のこと。
※3 バルク運動エネルギー:ここでは、パルサー風中の粒子全体がひとまとまりで動くことによる運動エネルギー。
※4 超相対論的速度:光速に非常に近い速度(光速を超えているという意味ではない)。
※5 バルクローレンツ因子:ローレンツ因子は、速度が光速にどれくらい近いかを表すパラメータ。「バルク」はここではパルサー風全体をひとかたまりとして、という意味。
※6 チェレンコフ望遠鏡:宇宙線や高エネルギーガンマ線が地球大気に突入したときに、大気との相互作用で放たれる光を観測する望遠鏡。


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