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宇宙科学の最前線

自然が物理学の願いをかなえるとき インターナショナルトップヤングフェロー Dmitry Khangulyan

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 この純理論的な天体を探そうという試みは、1967年にほかの研究のための観測中に偶然、奇妙な電波源が発見されるまで、まったくありませんでした。その電波源は、非常に短いある一定の周期で信号(パルス)を出すという特徴がありました。その周期は当時あったどの時計より正確なものでした(このことは現在に至っても正しく、一部のパルサーの自転周期は原子時計より安定しています)。すぐに、その挙動は中性子星の概念にぴたりと一致することが判明しました。さらに、それらの主な性質(磁場の強度、自転周期、エネルギー放出量など)すべてが、30年前にオッペンハイマーとボルコフが提唱した単純な理論モデルで完全に説明できることが分かりました。

 この驚くべき発見をきっかけに電波観測による探査が行われ、多くのパルサーが見つかりました。特に、かに星雲の中に見つかったパルサー「かにパルサー」は、その後の研究に重要な役割を果たしました。かに星雲は、シンクロトロン放射(電子と磁場の相互作用によってつくり出される非熱的放射 ※1 )をする高エネルギー電子で満たされている広がった天体です。この並外れて明るい天体に対する詳細な研究から、「プレリオン ※2 」という概念が生まれました。それによって、かに星雲で見つかった広帯域の非熱的スペクトルを説明できます。

 プレリオン理論は、3つの異なった領域の存在を必要とします(図1)。(1)パルサー磁気圏(パルサー近傍領域で、ここでパルス放射が生成される)、(2)パルサー風(外に流れ出る風で、パルサーからのエネルギーを遠くまで運び、広がった非熱的放射源を形成する)、(3)広がったシンクロトロン星雲、です。磁気圏と星雲の放射成分は観測データを説明するのに必須ですが、パルサー風からの放射は弱いものと推定されていました。一方、パルサー風の性質は星雲からの放射に強い影響を及ぼしており、その基本的なパラメータを導くことを可能にします。すなわち、かに星雲の性質は、パルサー風が電子・陽電子の対から成り、非常に低温で、バルク運動エネルギー ※3 が圧倒的に優勢であると仮定すると、うまく説明できるのです。こうして、「磁場の弱い、冷たい超相対論的 ※4 なパルサー風」のモデルが採用されました。このモデルの説明は非常に複雑で精巧なようですが、実は、かに星雲のパルサー風を説明するモデルとしては最もシンプルなものなのです。事実、磁場の存在、粒子およびエネルギーの供給があれば、この星雲の観測結果を説明することができるのです。

図1
図1 プレリオンの階層構造(パルサー磁気圏、パルサー風、パルサー星雲)の模式図
パルサー磁気圏の中で電子と陽電子から成る濃いプラズマがつくられ、パルサー風となる(緑矢印)。また、パルサー磁気圏からはX線がパルス状に放射される(青矢印)。その外側の緑色の領域においてパルサー風が加速される。パルサーから0.3光年離れたところに、パルサー風の終端衝撃波が形成され、電子は1015電子ボルトまで加速される。この加速された電子は、シンクロトロン放射と逆コンプトン放射により広がった非熱的な放射源、パルサー星雲をつくる。


 パルサー風が超相対論的速度で吹いていると仮定すれば、パルサー風の粒子の運動エネルギーはその粒子が持つ静止エネルギーをはるかに上回ることができ、星雲を駆動するのに必要な粒子の注入およびエネルギーの供給の両方が一度に説明できます。冷たいパルサー風と弱い磁場の近似は、パルサー風の内部構造がないこと、またパルサー風は磁場の"種"だけを輸送し、その種磁場が星雲内で増幅されることを意味します。もう一つ重要なことは、この「理想的」なモデルが星雲の内側境界に近いパルサー風の性質を説明するために提唱され、パルサー磁気圏の縁のパルサー風形成領域ではパルサー風の性質に制限を与えないことです。

 これほど明解なモデルが提唱されたにもかかわらず、その後25年以上、このパルサー風の理解はほとんど進まず、天体物理学の最も謎に満ちた現象の一つでした。研究上の大きな壁となっていたのは、パルサー風が低温であるということでした。パルサー風の電子は超相対論的な速度で動いていますが、それらの電子は磁場とともに移動します。そのため、シンクロトン放射光を一切放射せず、「見えない物質」として振る舞います。パルサー風が出す唯一の放射は、逆コンプトン散乱によるものです。逆コンプトン散乱とは、パルサー風の中で想定される物理条件においては、高エネルギー電子が低エネルギー光子をガンマ線のエネルギー帯にたたき上げる過程です。しかし、その放射を観測することは、非常に困難です。なぜなら、パルサー風の信号を、それよりはるかに明るいパルサー本体と星雲からの放射と区別しなければならないからです。

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