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宇宙科学の最前線

「あかり」が検出した謎の遠赤外線放射とは? 赤外・サブミリ波天文学研究系 助教 松浦 周二

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謎の遠赤外線放射の発見

 しかし、宇宙背景放射の測定結果は意外なものでした。観測されたスペクトルや空間的な一様性などを分析すると、確かに宇宙背景放射のかなりの部分は赤外線銀河からなるようですが、それだけでは説明のつかない放射成分が存在したのです。これを示すため、図3では、「あかり」が測定した宇宙背景放射の3つの観測波長のデータを、理論モデルから推定される宇宙の全銀河からなる背景放射と比較しています。このモデルは、「あかり」を含む過去のさまざまな観測データのほか、Spitzer宇宙望遠鏡(2003年打上げ)や最新鋭のHerschel宇宙望遠鏡(2009年打上げ)による「あかり」よりもさらに遠方の銀河の観測結果などを、よく説明できるものです。驚くべきことに、「あかり」が見た宇宙背景放射の明るさは、全銀河の放射より最大で2倍も明るいのです。たかが2倍とはいえ、宇宙の全エネルギーに関わることなので、この差は深刻です。

図3
図3 「あかり」による遠赤外線の宇宙背景放射の観測結果(●印)
現在の銀河進化モデルで予想される全銀河の放射(点線)では「あかり」の観測値が説明できず、それに加えて、謎の遠赤外線放射(斜線部分)が存在している。


放射はどこから?

 謎の遠赤外線を放射する天体はどのようなものでしょうか。その大きな放射エネルギーを限られた宇宙全体の物質量で賄うには、高い放射効率が必要になります。図3をよく見ると、余分な明るさの成分は、全銀河の放射よりもピークが短い波長寄りにあり、銀河よりもかなり高温の物質による放射だと考えられます。さらに、それが遠方宇宙にある場合には、宇宙膨張の効果で波長が伸びて観測されるため、当時はもっと高温だったことになります。このような点から、放射源は星に暖められた生温いダストではなく、ブラックホールへ落ち込むときに高温に熱せられたガスやダストではないかと推測しています。

 「あかり」は、ここまで述べてきた宇宙背景放射の明るさだけでなく、見掛けの滑らかさ(むらむら)までも測定しました。詳しくは述べませんが、測定された宇宙背景放射が非常に滑らかであることから、その原因となる個々の天体は銀河よりもはるかに小さいことが結論づけられます。銀河の中心に座り込んでいる巨大ブラックホールではなく、宇宙初期に大量にあった小さめのブラックホールが謎の放射の原因ではないか、というのが私の見方です。

 ところで、今回の観測とは独立に我々が長年追い求めてきた、近赤外線(波長数μm)の宇宙背景放射もまた、全銀河の放射の何倍も明るいことが分かっています。つい先月、「『あかり』が捉えた宇宙最初の星の光」※2として報道発表したように、近赤外線の宇宙背景放射は、そのスペクトル形状やむらの大きさなどから、宇宙が始まってから1億〜3億年ごろに初めて生まれた星々(第一世代の星)の紫外線が、宇宙膨張によって波長が伸びて赤外線として観測されたものと考えています。理論的な研究によれば、第一世代の星は、短い寿命の後に超新星爆発を起こしてブラックホールを残します。これが謎の遠赤外線放射の起源ではないか……。果てしない想像が膨らみます。

今後の研究展開

 以上のような、宇宙最初の星が残した原始のブラックホールという解釈には、直接の証拠があるわけではありませんし、むしろ、もっとびっくりするような物理現象が起源なのかもしれません。未発見のダークマター粒子の光子への崩壊や、太陽系内の彗星の巣とされるオールト雲の熱放射の可能性なども視野に入れています。今後も「あかり」のデータを詳細に分析するだけでなく、解明へ向けてさまざまなアプローチをしていきます。

 将来の大型赤外線天文衛星SPICAでは、「あかり」より桁違いに高い検出能力により、予想されるほとんどすべての原始赤外線銀河を個別に検出できるはずです。そのとき、まだ謎の放射は背景に残っているのか?と考えるとわくわくします。我々が精力的に行っている近赤外線の宇宙背景放射を測定するロケット実験CIBER(『ISASニュース』No.338、2009年5月号・No.353、2010年8月号参照)をはじめ、小粒でもぴりりとスパイスの効いた観測ロケット実験を展開します。その延長線上にある、将来の宇宙背景放射探査ミッションEXZITでは、ソーラーセイルなどの惑星探査機で深宇宙に向かい、太陽系ダストの影響なく高精度の観測を行います。

 このようなプロジェクトを総動員すれば、「あかり」が遺した謎を解くことができるはずです。宇宙赤外線背景放射の探究の先には、極めて大きな発見が待ち受けている気がしてなりません。

(まつうら・しゅうじ)


※1 「あかり」宇宙からの謎の遠赤外線放射を検出!
※2 「あかり」が捉えた宇宙最初の星の光


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