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宇宙科学の最前線

「あかり」が検出した謎の遠赤外線放射とは? 赤外・サブミリ波天文学研究系 助教 松浦 周二

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「あかり」による原始赤外線銀河の探査

 「あかり」の使命は、宇宙背景放射を測ることだけではありません。「あかり」が全天の宇宙地図をつくった目的の一つは、赤外線で明るく輝くあらゆる銀河を知り尽くそうというものです。宇宙背景放射の謎を語る前に、確実にその一部として含まれているはずの、銀河からの赤外線について述べなければなりません。

 初の赤外線天文衛星であるIRAS(1983年打上げ)が成し遂げた重要な功績の一つは、光よりもむしろ赤外線で明るく輝く特殊な銀河、「赤外線銀河」の発見です。後に、その正体は、猛烈な勢いで星々が生まれている銀河や、大量の物質が落ち込む巨大ブラックホールであることが分かりました。それらの強烈な紫外線にあぶられて暖められた周辺のダスト(固体微粒子)が、強力な赤外線を放出するのです。現在の宇宙ではまれな存在の赤外線銀河ですが、ISO衛星(1995年打上げ)などの観測によれば、時代をさかのぼるほどその割合が急激に増えていくことが分かりました。つまり、古代の宇宙は現在よりも星生成活動が盛んだったのです。さらに推し測ると、宇宙初期には赤外線銀河が満ちあふれていたことになります。「あかり」は、このような原始の赤外線銀河を探査すべく生まれたのです!

 我々は、宇宙初期の赤外線銀河を探査するため、「南天あかりディープフィールド(ADF-S)」と名付けた領域で、「あかり」に搭載した遠赤外線観測装置(FIS)を用いて、波長50〜180μmにおける観測を行いました。この領域は、観測の妨げとなる銀河系内のダスト放射が最も弱いことを基準に選びました。「あかり」がつくった全天地図と比べれば4000分の1の広さしかありませんが、その分、観測時間をかけて遠くの暗い天体まで検出できるように計画しました。その結果、これまでになく大量の赤外線銀河を見つけることができました。図2には、観測で得られた波長90μmでの画像を示します。ポツポツと白く見える輝点は、すべて銀河です。

図2
図2 「あかり」による波長90μmにおける南天あかりディープフィールド(ADF-S)領域の遠赤外線画像
白っぽい輝点として見えるのは個々の銀河である。それらの背後には、宇宙初期の莫大な数の天体からなる宇宙背景放射が存在している。(S. Matsuura et al., ApJ, 737, 2)


そして赤外線宇宙背景放射へ

 高感度を誇る「あかり」ですが、望遠鏡の大きさ(68cm)と波長(90μm)の比で決まる解像度には限界があります。望遠鏡は人間の目より大きい分、捉えることができる波長が可視光より長いので、「あかり」の視力は人間の視力(およそ1.0)と同じぐらいです。このため、大量に存在する原始の赤外線銀河は互いに像が折り重なってしまい、個別には検出できませんでした。銀河が大量に見つかったと思っていたら、その向こうには、まだまだ膨大な数の天体がひしめいているようなのです。

 そこで、我々が試みたのは、折り重なった原始赤外線銀河の群れをまとめて宇宙背景放射として捉える方法です。これは、観測された明るさの全体から太陽系や銀河系の放射成分を慎重に差し引いて、なお残る銀河系外からの信号を調べることにより行います。また、遠方宇宙の放射を選別するために、個々に検出できる銀河はできるだけ暗い(遠方の)ものまで取り除きます。「あかり」は、過去に赤外線の宇宙背景放射の測定を行ったCOBE衛星(1989年打上げ)の100倍も高い解像度を持ち、桁違いに暗い銀河までも取り除くことができました。つまり、「あかり」の宇宙背景放射データなら自信をもって、遠方の天体からなる、といえるのです。

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