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宇宙科学の最前線

進化を続ける固体ロケット推進薬 宇宙輸送工学研究系 助教 羽生 宏人

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はじめに

 半世紀余りの間、我が国は固体ロケットの基盤技術獲得に力を注いできました。研究を積み重ねた技術群は飛翔実証の機会を経て高度化を果たし、ご存知の通りM-V型ロケットとして結実しました。今や固体ロケット推進技術は、現在の宇宙活動を支える基盤の一つとなりました。ところが高性能化を目指す研究開発一辺倒だった固体ロケットの分野は近ごろ少し様子が変わってきたようです。これは推進分野に限らないと思いますが、宇宙関連技術は高性能化、高機能化などの要求に加え、宇宙利用を促す低コスト化も重視されるようになりました。

 そこで姿こそ見えませんが固体ロケットの中にぎっしり詰まった固体推進薬について、低コスト化に関する研究と、高性能化そして環境負荷の低減を目指す将来研究の二つについてご紹介します。

低コスト化で宇宙利用拡大に貢献

 我が国の固体ロケットの新たな時代を担うイプシロンロケットの開発構想では、打上げシステムのさらなる発展を目指しています。M-Vに適用されていた固体ロケットモータは、今なお他国の追随を許さぬほどに高い推進性能を誇っています。イプシロンに適用される次世代固体ロケットモータは、M-Vを基礎にして我が国が有する高度な宇宙推進の基盤技術を洗練させながら、さらには国際競争力を高めるための低コスト化が図られています。

 固体ロケット推進薬は、主としてバインダーゴムのHTPB(末端水酸基ポリブタジエン)とAP(過塩素酸アンモニウム)そしてAl(アルミニウム)の3成分で構成されています。一般にロケットモータの重量の90%以上を占めることから、コスト分析ではその大半を占めることになります。したがってコスト低減を図るには、適用原料をより安価な代替材に置き換えるとか無駄のない新たな製造方法を検討するといった基盤技術を活用して、いかにして同等品を製造するかという生産技術の側面から検討がなされます。一方で固体ロケットモータの信頼性を維持、向上させる観点から、推進薬組成を変えずに使い込むことも一つの選択肢です。これなら初期投資が必要ありませんし、初期の技術開発リスクを最小にすることができます。残念ながら研究者としては技術開発に取り組むチャンスを失うことになりますが。しかし実際には獲得技術を長く使い続けることにもリスクが伴います。いわゆる材料枯渇と呼ばれるもので、時代の流れとともに避けられない問題となっています。材料の製造中止や仕様変更などで、しばしばこの問題に直面します。ロケットに適用されているいずれの材料も設計段階で十分吟味されているため、カタログ上で同等かそれ以上の性能を有する材料であっても容易に変更することができません。対象が輸入品であるとさらに問題が膨らみます。

 以上のような背景から、固体推進薬分野でも材料枯渇に強くコスト低減効果が得られるような研究課題に取り組むことにしました。

 現在、実用固体推進薬には主に2種類の輸入材料が使用されています。その一つはGGP(Gas Generator Propellant:ガス発生推進薬)に使用される燃焼温度低減剤です。この材料は我が国が主要消費国となっており、海外の製造元から使用の都度手続きを取って入手しています。製造量が限られてしまうために原料単価が非常に高くなってしまいます。M-V運用当時は継続的に使用していたので特段の障害にはなっていませんでしたが、いったん輸入を止めると入手に手間が掛かることが分かりました。次期固体ロケットの開発準備に関わった折、この課題は早期に解決すべきと考えていました。補助推進系はロケット全体から見ると、とても小さなサブシステムなのであまり目立たない存在です。しかし、もしこれが製造できないような場面に出くわすと影響は計り知れません。そこで、低コスト化とリスク管理の一環で国内調達可能な安価な材料の適用を考えました。

 AN(硝酸アンモニウム)はH(水素)、N(窒素)、O(酸素)で構成される結晶性の物質です。産業爆薬の原料あるいは化学肥料として広く用いられています。価格は実用固体推進薬の酸化剤であるAPの10分の1程度で非常に安価です。ANは、酸化剤としての機能を持っていますが、燃焼性能や物性面から固体ロケットの主推進系への適用は難しいと考えられてきました。補助推進系は主推進系ほど高温の燃焼ガスを必要としていません。その理由は、燃焼ガスの噴射方向を金属製の可動式バルブを介して制御しているためです。金属の融点を超えるような高温の燃焼ガスでは、むしろ使い物にならないのです。実際のところは約1400K程度のガス温度にするため、先に説明した燃焼温度低減剤が使用されています。このようなセンスでいけば、GGPにはANが適用可能ではないかと考えたわけです。

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