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宇宙科学の最前線

進化を続ける固体ロケット推進薬 宇宙輸送工学研究系 助教 羽生 宏人

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 近年、我が国のHEM研究は新たなニーズに応えるべく再び活発になってきました。(社)火薬学会では高エネルギー物質研究会(主として宇宙研、産業技術総合研究所、東京大学、横浜国立大学、日本大学、福岡大学で構成)が組織化され、HEMの一種であるADN(アンモニウムジニトラミド)の固体推進薬への適用に関する基礎研究が進められています。ADNはANと同じくH、N、Oのみで構成される物質ですが、非常に吸湿性が高いため、使いこなすには、この課題を解決しなければなりません。一つの方向性としては、結晶粒子を上手に加工して防湿する方法が挙げられます。このような新しい技術分野の開拓に、大学院生をはじめとする若い研究者たちが活躍しています。ぜひとも新しい固体ロケット推進薬を一緒につくり上げていきたいと思います。

図3
図3 球状化したADNの結晶粒子
(撮影:東京大学大学院 藤里公司)


 さて、ここで視点を変えます。地球を回る軌道上では、スペースデブリ(宇宙ごみ)が世界中の宇宙関係者を悩ませています。宇宙を使う私たちは、積極的にこの問題解決に取り組まなければなりません。固体ロケットの分野では、最上段ロケットモータから排出されるスラグ(推進薬燃焼残渣)や炭化した断熱材ゴム(モータケースと推進薬の間に施工されている材料)などがデブリになると考えられています。

 スラグの主成分は、推進薬主要成分であるAlの燃え残りと酸化物のアルミナの混合物です。スラグはロケット燃焼中にノズルスロート近傍に少量蓄積し、ロケットの燃焼末期に放出されると考えられています。Alは一般に燃焼効率を高めるために微粒子の状態で混和されており、固体推進薬の性能を左右する非常に重要な物質です。しかし、デブリ対策でAlの排除を考えると、低下する推進性能を別の手段で補わなければなりません。

 そこで前出のHEMの出番になります。GAP(グリシジルアジ化ポリマ)は高分子のHEMです。詳細は 新しいウィンドウが開きます 『ISASニュース』2000年8月号(No. 233):研究紹介:高エネルギ−物質の研究開発の動向についてをご参照ください。HTPBの代わりにGAPを適用することで、低減する推進性能を最小限にすることが期待できます。このような着想から、デブリ低減固体推進薬の候補として2成分系のGAP/APコンポジット固体推進薬の燃焼特性に関する研究を行っています。

おわりに

 誌面の都合で研究の詳細までご説明できていませんが、これまで述べたように、実用レベルで完成した固体推進薬の分野でも時代の変化とともに新しい技術が求められています。低コスト化には汎用材料、高性能化・環境負荷低減にはHEMと、いずれにしても新しい材料をいかに固体推進薬に適用するか、それぞれに基礎研究が必要です。固体ロケット推進薬の研究課題はまだまだたくさんあるようです。

(はぶ・ひろと)



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