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宇宙科学の最前線

進化を続ける固体ロケット推進薬 宇宙輸送工学研究系 助教 羽生 宏人

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 そこで手始めに化学平衡計算を使ってANを使った固体推進薬組成の燃焼ガス温度を調べてみることにしました。HTPB/AP/ANを基本組成として、HTPBの割合を実際のつくりやすさを考慮して23〜25%の範囲で設定し、AN/APの混合比をパラメータに計算をしました。図1に示すように、燃焼ガス温度が1400K以下となる組み合わせがあることが分かりました。そこで実際に固体推進薬を研究室で試作し、予測通りの結果が得られるか小型ロケットモータで燃焼実験を行い、確認することにしました。図2は燃焼試験の様子です。燃焼は安定していて、燃焼ガス温度はほぼ予測通りであることが確認できました。方向性を決める上では、非常に良い結果でした。

図1
図1 燃焼ガス温度の評価結果


図2
図2 小型固体ロケットモータによるGGPの燃焼試験
宇宙研あきる野実験施設にて


 AN系固体推進薬の実用化には改善しなければならない点がいくつかあります。その一つが、ANの吸湿性です。この点については、研究分野を横断して国内の大学と連携し、新たな技術の導入をもくろんでいます。

環境に優しい固体推進薬の研究

 宇宙を使って仕事をする私たちにとって、「環境」という言葉が意味する範囲は、地上から軌道上まで及びます。そこで、地上と軌道上の二つの視点から、固体推進薬の環境負荷低減に関わる研究をご紹介しましょう。

 実用の固体ロケット推進薬は、燃焼に必要な酸素を酸化剤であるAPの熱分解によって得ています。現状では、入手性や物性など固体推進薬の製造に適した酸化剤はAPしかなく、我が国だけでなく世界中の固体ロケット推進技術に使用されています。APにはハロゲン元素の一つである塩素原子が含まれていて、固体推進薬の燃焼によって大部分はHCl(塩酸)として生成します。大型のロケットでは100トン以上の固体推進薬を一度に消費するので、ロケットの発射施設周辺にはHClを含むガスが多量に排出されます。ロケットの打上げ機数は今のところ少ないのですが、一時的には環境負荷を与えていることには違いありません。このような理由から、我々の身近な環境に及ぼす負担を低減させるための技術が求められています。一方、固体ロケットの性能を向上させるためには、固体推進薬の改良によって燃焼ガスの温度を高めることや、燃焼生成ガスの平均分子量を下げることが必要になります。以上のような要求を満たすためには、ハロゲン元素を持たず、化学エネルギーをたくさん蓄え、そしてより小さな分子に分解するような化学物質を探さなければなりません。

 HEM(High Energetic Materials:高エネルギー物質)は、そのような特性のいくつかを有する物質の総称です。すなわち、HEMは化学エネルギーの貯蔵庫であり、化学的な分解過程で単位質量当たりに放出される熱エネルギーが比較的高い物質です。熱分解過程で酸素を放出することができれば、高エネルギー酸化剤として重宝する物質になります。とても重要なのは、HEMの多くがAPで問題となっているハロゲンを含んでいない点です。つまり、HEMが固体ロケットの酸化剤として使えるようになれば、ロケットの推進性能向上と環境負荷の低減が同時に達成できることになります。

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