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宇宙科学の最前線

「あかり」が照らし出す彗星の素顔  赤外・サブミリ波天文学研究系 研究員 大坪貴文

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 「あかり」はこれまでにルーリン彗星を異なる時期に数回観測したのですが、今回紹介するのはそのうちの近日点(太陽に最も近づいたとき)通過後の2009年3月30日、31日の観測結果です。「あかり」の近・中間赤外線カメラIRCは、撮像観測・分光観測の両方が可能です。我々は30日に波長2〜5マイクロメートルでの近赤外線分光観測、31日に2、3、4マイクロメートルでの3色撮像観測を行いました。図1は、その3色疑似カラーの写真です。「あかり」の撮像の視野は約10分×10分なのですが、その視野いっぱいに広がっているルーリン彗星のコマがよく見えると思います。

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図1 「あかり」近・中間赤外線カメラIRCが観測したルーリン彗星(C/2007 N3)の3色疑似カラー写真
2、3、4マイクロメートルで撮像し、それぞれを疑似的に青、緑、赤に色をつけて重ねたものである。10万km以上にコマが広がっているのが見える。

 さて、彗星の氷のほとんどが水、二酸化炭素、一酸化炭素でできていると書きましたが、水や一酸化炭素分子は近赤外線や電波などの波長なら地上からでも観測が可能で、その存在量について精力的に研究が進められています。しかし、ドライアイスのもとである二酸化炭素だけは地上からの観測ができません。4.26マイクロメートルや15マイクロメートル付近で分子振動による放射を出すのですが、これを観測するには地球大気を避けるためにロケットや衛星での観測が必要となります。「あかり」が観測する近赤外線波長域(2〜5マイクロメートル)は、二酸化炭素が出す分子振動放射の4.26マイクロメートルをカバーしています。さらには、2.66マイクロメートルの水分子と4.67マイクロメートルの一酸化炭素も同時にカバーしており、彗星核に含まれる分子の観測には、「あかり」はまさにうってつけの衛星なのです(図2)。

図2
図2 「あかり」IRCが観測したルーリン彗星の近赤外線スペクトル
2.66と4.26マイクロメートル付近の強度が強く、水(水蒸気)と二酸化炭素が彗星から大量に放出されていることが分かる。

 実は彗星の二酸化炭素分子の観測は世界でもこれまで例が少なく、探査機による彗星近傍でのその場観測による2つの彗星(ソ連のベガ探査機によるハレー彗星とNASAのディープインパクト衝突探査の際のテンペル第1彗星)、そしてヨーロッパの赤外線天文衛星ISOによるヘール・ボップ彗星とハートレー第2彗星くらいしかありませんでした。しかも、水・二酸化炭素・一酸化炭素の主要3分子を「同時に」「同じ観測装置で」きちんと検出できたのは、ISOによるヘール・ボップ彗星だけでした。たくさんの彗星をさまざまな日心距離で観測できれば、こうした分子の存在比がより正確に求まることになります。「あかり」の観測は、彗星核に含まれる二酸化炭素の観測データを一気にこれまでの5倍以上に増やす画期的なものなのです。

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