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宇宙科学の最前線

月地下溶岩チューブの天窓 固体惑星科学研究系 助教 春山純一

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 我々はついに、月周回衛星「かぐや」カメラデータの中に、月の地下に溶岩チューブが存在する証拠となる縦穴を発見した(図1)。本稿では、この新発見について解説する。

図1
図1 「かぐや」地形カメラおよびマルチバンドイメージャによるマリウス丘付近の画像
直径60〜70m、深さ80〜90mの縦穴を発見した。左下2点は地形カメラ、右下2点はマルチバンドイメージャによる画像。異なる太陽高度で撮影したもので、「I」は太陽光の照射方向、「V」はカメラの視線方向を表している。マリウス丘は月の表側、嵐の大洋のほぼ中心に位置する。 ©JAXA/SELENE

溶岩チューブとは

 溶岩チューブは、溶岩が流れ出した後にできる空洞で、ハワイ島や日本の富士山麓に多数ある洞窟のほとんどがそうである。それらは風穴や氷穴と呼ばれていたりする。ハワイや富士山、そして月も玄武岩という岩石からなり、組成はほぼ同じである。このことから、月にも当然、溶岩チューブができておかしくないとされてきた。溶岩チューブが形成されていれば、チューブ内を溶岩が通ることになる。溶岩は月表面を2次元的に広がるより遠距離にまで及ぶことになり、月の海が広大に広がったことに対して重要な役割を担った可能性がある。チューブの中を詳しく調べれば、溶岩の噴出時期、噴出量、噴出率などが分かるであろう。非常に重要な科学調査対象である。

 溶岩チューブはまた、月基地として最適である。溶岩チューブは天井を持つ。つまりチューブ内では、大気のない月面で起きる微小隕石の衝突や放射線被曝から守られることになる。また地下にあるため、チューブ内は月面のマイナス200℃からプラス100℃以上にも及ぶ激しい温度差とは無縁で、ほぼ一定の温度が保たれる。アポロ計画によるその場探査によれば、着陸点付近の表面下数mの温度は、約マイナス20℃程度で一定しているという。溶岩チューブの底面は、最後に流れた溶岩が水平になって固まっていることが多い。つまり、底面は天然に舗装されているようなものである。また、チューブを形成する際、急冷が起きていることが多いであろうから、密閉性も良い。前後をふさぎ空気を入れれば、与圧空間が容易にできる。月面活動において大敵である、月の表面を覆う灰のように細かく砕かれた砂を気にしなくてもよい。

 溶岩チューブは地下にある。そのため、どうしても通常の上空のカメラ観測では見つけにくい。ただし、地球の溶岩チューブは、航空写真を撮ると陥没地形の連なりとして見えることがある。チューブの一部が崩落したものである。そのため、月の表面にそのような地形がないかと、40年も昔にアポロ、そしてそれに先んじて行われたルナーオービターが撮影した画像を、研究者が詳しく調べてきた。そして実際、陥没地形あるいはクレータの連なりが発見されている。陥没したところに横穴がないか画像を丹念に調べ、溶岩チューブへの入り口を発見しようと、多くの研究者が努力してきた。しかしながらこれまでは、そうしたチューブの一部崩壊によってできたような、露出した横穴は見つかっていなかった。

 溶岩チューブがあると考えられているのは、地球と月だけではない。米国の火星探査機マーズグローバルサーベイヤーが撮影した火星表面の画像には、やはり連なったクレータが発見されている。その地下に溶岩チューブがあるのではないか、というのはほぼ定説になってきていた。

 2006年、ヨーロッパのマーズエクスプレスの画像には、溶岩の流れた跡が重なって見えるところが発見された。溶岩チューブは地下を通るが、その構造は複雑になることがある。溶岩は地下を3次元的に進むので、チューブもまた3次元的構造を取り得るのである。マーズエクスプレスの見つけた跡は、火星表面を水、あるいは溶岩が流れることではできない構造である。まさに溶岩チューブが崩落した結果、形成されたものである。

 そして「かぐや」打上げの1ヶ月前、2007年8月には、米国のマーズオデッセイが火星表面にぽっかり開いた7個の縦穴を発見した。今回、我々が発見したものと非常によく似ている。火星の場合は、地中に流水や揮発性物質があり、そう簡単に縦穴の下に溶岩チューブがあるとはいえないのではないか、という主張もあった。その意味でも、今回、水や揮発性物質がほとんどない月面で縦穴が発見されたことは、月のみならずほかの惑星における溶岩チューブの存在可能性の確認に近づいたといえる。


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