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宇宙科学の最前線

月地下溶岩チューブの天窓 固体惑星科学研究系 助教 春山純一

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月の縦穴、そして溶岩チューブ

 さて、我々が見つけたものを整理しておきたい。我々が見つけたものは、縦穴である。場所は、北緯14度、西経57度。月の表側、広大に溶岩が広がる、嵐の大洋と呼ばれる地域である。そして、嵐の大洋の中でも特にドームと呼ばれる火山地形やリルと呼ばれる溶岩の流れた跡が多数見られる、マリウス丘群の中に存在する、一つのリルの中ほどに見つかった。

 21ヶ月に及ぶ「かぐや」観測運用の間に、我々は地形カメラ、マルチバンドイメージャにより、この縦穴を9回にわたって観測している。これらの観測から、孔はほぼ円形、その直径は60〜70mと推定された。

 9回の観測は、さまざまな太陽高度において行われていた。孔の直径と、太陽高度が分かれば、太陽が縦穴の垂直壁を照らす長さ(深さ)は単純に幾何的に推定できる。太陽高度が低いときの撮像結果から得られた縦穴の深さは、幾何的に推定される深さと一致していた。つまり、この孔は、ほぼ垂直な壁を持つ縦穴と断定できた。また、高い太陽高度のときに底が見えており、深さは地表面下80〜90mあることが分かった。

 このような直径と深さを持つ「縦穴」は、通常の隕石衝突では形成されない。通常の隕石衝突であると、直径と深さの比は、深くても5:1程度である。1:1の縦穴は異常なのである。こうした孔は、地球の場合、噴気などでできるかもしれないが、この孔のまわりには、何か物質がまき散らされた跡は見えない。また、そもそも月のサンプルからは、月は非常に乾いていることが分かっており、噴気があったとは想像しにくい。地下に溶岩チューブのような空洞が存在し、隕石の衝突、あるいは月震などによる崩壊によって形成されたと考えるのが自然であろう。実際、薄い層への衝突実験では、直径と深さの比が1程度の貫通孔ができることは確認されている。それ故我々は、この縦穴を地下の溶岩チューブの天窓(Skylight)の候補だと結論づけた。

 仮に地下に溶岩チューブが存在しているとして、そのチューブの横幅を評価してみた。地球の溶岩チューブのケースで使われた単純な梁理論に基づく計算をしてみると、その横幅は、最大370mにも及び得ることが分かった。これより大きくなると天井が自重で崩壊してしまうのである。ただし、注意しておきたいのは、この値は「取り得る」径の最大だということである。例えば天井がアーチ状をなせば、もっと強度が高まり、径はさらに大きくなっている可能性もある。一方、梁と見なしたチューブの天井における引っ張り強度などが弱いと、もっと小さい可能性は高い。チューブ径が先に求められた370mより小さいことは十分考えられる。チューブの径は実際にどれくらいかということは、今後の調査解析を待たねばならない。

 この孔は、マリウス丘群に存在するリルのちょうど中流部分、両岸の堤防からほぼ等距離のところにある。溶岩チューブが孔の下に存在するのなら、上流から下流にかけて、数十kmにわたってチューブがあってもおかしくない。ただし、この溶岩チューブの先の長さもかなり不確定要素が多く、もしかしたらすぐに溶岩が詰まっているような状態かもしれない。とはいえ、これまでの溶岩チューブの研究からは、地球ではチューブがかなりの長さにわたって続いていることが確認されているから、月の場合もそのように地下に延々と続いている可能性は十分にある。


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