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宇宙科学の最前線

月からその先へ「かぐや」が明らかにした月周辺のプラズマ環境 宇宙プラズマ研究系 准教授 齋藤義文

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 先に、月には濃い大気が存在しないと述べました。しかしながら、月の周囲には非常に希薄ながらナトリウム、カリウムなどのアルカリ物質を成分として含む大気が存在していることが知られています。これは地上からの光学観測によって1980年代に発見されました。MAP-PACEのもう一つの大きな成果として、月表面あるいは月周辺の希薄な大気を起源とするイオンの質量分析を、月周回軌道で初めて行ったことが挙げられます。図3はこれらのイオンの質量分布ですが、ナトリウムやカリウムなどのアルカリイオンが検出されたほか、酸素イオン、炭素イオン、ヘリウムイオンなども存在することが初めて分かりました。月表面を起源とするイオンの中には、太陽風が月面に衝突することで月面物質をたたき出した成分が含まれている可能性もあります。これらのイオン種とそれらが生成された場所の関係を調べれば、月表面物質の遠隔探査ができるかもしれません。

 これまでに紹介した結果は、月だけでなく、強い固有磁場や濃い大気のない天体周辺の環境に共通したものであることが推測できます。特に太陽風の月面反射/散乱や、太陽風による月面物質の放出の研究成果を応用すれば、将来、初めて訪れる天体のまわりで、太陽風を利用した天体表面の遠隔探査を行うことができるようになる可能性もあります。

 私たちは近い将来、太陽系の中で最も太陽に近い惑星、水星にBepiColombo/MMO(水星磁気圏探査機)を送り込もうとしています。水星には地球と同様、固有磁場があり、磁気圏が惑星周辺に存在することが知られています。しかしながら地球に比べて磁場が弱いことから、太陽風の状態次第では、直接太陽風が水星表面に衝突する可能性のあることが分かっています。また水星には地球とは違って濃い大気がないため、表面の環境が月と似ていると考えられています。「かぐや」の観測によって得られた月周辺のプラズマ環境に関する知識は、将来の水星磁気圏探査において、水星周辺のプラズマ環境を理解するために大いに役立つと考えています。

 「かぐや」のデータを実際に目にするまでは、月周辺のプラズマ環境がこれほど活動的で面白いものだとは思ってもみませんでした。月からその先へ――「かぐや」による月周辺プラズマの観測を第一歩に、私たちのプラズマ環境に関する研究は将来へと続きます。


図3
図3 月表面あるいは月周辺大気起源イオンの質量プロファイル
ナトリウム、カリウムなどのアルカリイオンに加えて、ヘリウムイオン、炭素イオン、酸素イオンなどが見つかった。


(さいとう・よしふみ)

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