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宇宙科学の最前線

月からその先へ「かぐや」が明らかにした月周辺のプラズマ環境 宇宙プラズマ研究系 准教授 齋藤義文

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 図2は、MAP-PACEが観測したイオンのE-tダイアグラムと呼ばれるものです。横軸は時間、縦軸はイオンのエネルギーで、イオンの量が色で表されています。IEAのデータを見ると、約2時間ごとに強いイオン流が観測されていますが、これは「かぐや」が月のまわりを約2時間かけて1周することに対応しています。

 図2のデータは、月が地球磁気圏の外の惑星間空間にあったときに観測されました。IEAで観測された強いイオンの流れは先に述べた太陽風です。図を見ると分かるように、この日、太陽風は2keV程度のエネルギーを持っていました。太陽風の主成分は水素原子核(H)なので、その速さは秒速約600kmになります。また、図2にはMAP-PACEが初めて発見した、太陽風が月面で反射/散乱されたイオンが見られます。IEAが太陽風を観測しているとき、IMAのデータには太陽風よりは弱いですがイオンが観測されています。このイオンのエネルギーを見てみると、IEAで観測された太陽風のエネルギーよりも低いことが分かります。IMAは月面側の半球面の視野を持っているので、これらのイオンは月から飛んで来たものであることは明らかです。これと同じようなデータがほかの日にも観測されていますが、常に太陽風より少し低いエネルギーで観測されていることなどから、このイオンは太陽風が月面に衝突して反射/散乱されたものであると結論することができます。

 これまで、月に衝突した太陽風イオンは月面に吸収されると考えられてきたので、観測できるほどの量のイオンが月面から戻ってくるということには非常に驚きました。どのくらいの量のイオンが月面で反射/散乱されるのかを調べたところ、入射する太陽風の約0.1〜1%程度であることが分かりました。また、IMAは質量分析器なので、観測されたイオン種の情報も得ることができます。それによると、IMAの観測したイオンは水素原子核(H)であることが分かりました。太陽風の中には、水素原子核の次に多いイオンとしてヘリウム原子核(He++)が含まれています。この日の太陽風中にもヘリウム原子核が含まれていましたが、月から飛来したイオンにはヘリウム原子核はまったく観測されていません。なぜもともと太陽風の中に含まれていたヘリウム原子核が月面で反射/散乱されたイオンに含まれていないか、まだはっきりと説明できませんが、イオンと物質が衝突する際のイオン化率の差がその原因であると推測しています。

 月面で反射/散乱された太陽風は、月面の表面状態などの情報を持っていると考えられます。そのため、反射/散乱されたイオンと月面の反射/散乱地点との対応をつけることで、太陽風を用いた月面の遠隔探査ができるのではないかと期待しています。また、月面で反射/散乱されたイオンは、太陽風中の電場で太陽風速度の最大3倍まで加速されることが分かりました。これらの加速されたイオンのほとんどは月から逃げ出してしまいますが、驚いたことに加速されたイオンの一部は月の夜側に入り込み、夜側の月面にも到達できることが分かりました。このように、太陽風の電子やイオンは直接月の表面に衝突し、そのことが月周辺のプラズマ環境を大きく左右していることが、「かぐや」の観測で初めて明らかになりつつあります。


図2
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図2 月を2回周回する間にイオンエネルギー分析器(IEA)とイオンエネルギー質量分析器(IMA)が観測したイオンのデータ
太陽風イオンの水素原子核(H)、ヘリウム原子核(He++)が月の昼側で観測されている。一方、月からは、月面で反射/散乱された太陽風が観測されるほか、加速されたイオンも観測されている。


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