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宇宙科学の最前線

無容器プロセシング 過冷液体からの準安定相創製

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 ABO3ペロブスカイトは、Aイオン半径が小さくなるほど不安定になります。Lnイオンの場合、イオン半径はLaが最も大きくLuが最も小さくなります。すなわち、周期律表で右に行くほどペロブスカイト構造は不安定になります。それでもLnFeO3の場合はすべてのLnイオンについてペロブスカイトが安定相となりますが、Feの隣のMnになると、状況はかなり変わります。周期律表でLaからDy(ジスプロシウム)まではペロブスカイト構造を取りますが、イオン半径がさらに小さくなるHo(ホルミウム)からはLuFeO3の準安定相と同じ六方晶の結晶となります。この六方晶のLnMnO3は、(反)強磁性と同時に空間反転対称の破れによる強誘電性を兼ね備えており、新しい概念の記憶媒体として大きな期待を集めています。しかし問題は、磁性イオンの三角形配列によるスピン構造のフラストレーションのため、(反)強磁性⇔常磁性の遷移温度が〜100Kと極めて低いことです。実用化には遷移温度の上昇が不可避です。遷移温度を高めるにはフラストレーションの解消が一番ですが、それが無理なら磁気モーメントの大きい磁性イオンを使うことが次に挙げられます。その候補となるのはFe(つまりLnFeO3)ですが、これまでのところバルク試料では得られていませんでした。今回、無容器プロセスによって初めてこれが可能になったわけで、応用を含めて、今後の展開に期待と興味が寄せられています。

図3
図3
図3 無容器プロセスにより過冷凝固させた場合の温度―時間曲線と凝固相の関係
(a)TE,s〜TE,msまで過冷した場合はペロブスカイトが生成する。一方、(b)TE,ms以下まで大きく過冷した場合は六方晶の準安定相が生成する。

 このように、無容器プロセスは過冷液体からの凝固という非平衡プロセシングを可能にすることによって新物質の創製に途を拓くものであり、本稿に示した酸化物だけでなく、半導体、機能性金属など、さまざまな物質が対象になります。ただし実際の成果となると、現状はセレンディピティ(serendipity)に負うところが大きく、体系化はもとよりその指導原理すら十分ではありません。理由の第一は、無容器という地上では実現が困難な実験環境にあります。国際宇宙ステーション(ISS)をはじめとするマイクログラビティ環境の利用機会の拡大を願ってやみません。

(くりばやし・かずひこ)


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