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宇宙科学の最前線

無容器プロセシング 過冷液体からの準安定相創製

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マイクログラビティ環境の利用

 さて、話を宇宙環境、特にマイクログラビティ環境の利用に絞ると、結晶成長や凝固といった物質プロセシング分野においてのこの環境の意義は、「無対流」と「無容器」という二つのキーワードで表すことができます。無対流とは文字通り重力がなくなることによって密度差に起因した対流がなくなることであり、溶質原子の偏析といった欠陥のない結晶の育成など、多くの実験がこれまでにも実施または計画されてきました。
 それに対して後者の無容器では、実施はもとより計画すらもごく限られているというのが実情です。ここでいう無容器とは、液体を保持するのに必要な容器が、マイクログラビティ環境では不要になるということです。容器つまりルツボが要らないとなると、シリコンなどの半導体の結晶の育成では不可避であったルツボ壁からの不純物の混入は解消され、また化学的に活性な物質あるいは2000℃を超えるような高融点物質の処理など、多くの利用が可能になります。
 しかしながら、筆者が注目しているのはこれではありません。通常の凝固では、ルツボ壁や鋳型面が凝固核の優先生成サイトになり、液体は例外なく(と言ってよいほど)融点で固化しますが、無容器ではこういった“異物”がなくなるため融点以下まで大きく過冷する点です。図1から明らかなように、液体から準安定相を晶出させるには、準安定相の融点以下まで過冷させることが求められます。これを実現できるのは、「無容器」をおいてほかにはありません。


無容器プロセスによる準安定酸化物の創製

 図2は、希土類元素と遷移金属元素の酸化物LnTrO3(Ln:希土類元素、Tr:遷移金属元素、ただしここではTr=Fe)を無容器の状態で溶融凝固させた試料の表面電子顕微鏡写真です。LnFeO3の安定相はペロブスカイト(ABO3)と呼ばれる緻密で頑丈な酸化物ですが、写真からも明らかなように、その表面形状は希土類元素の種類により異なります。すなわち、LaFeO3(La:ランタン)は滑らかな球面形状を呈しているのに対して、LuFeO3(Lu:ルテチウム)はごつごつした多面体形状を呈しています。この表面形状の違いは、実は希土類元素の違いではなく結晶構造の違いを反映しています。すなわち、LaFeO3は(かなりひずんではいますが)立方対称的なペロブスカイト構造を取っているのに対して、LuFeO3は六角形のタイル(この場合、多少でこぼこしていますが)を敷き詰めたような結晶構造(六方晶)を取っています。この六方晶の結晶はペロブスカイトに比べて密度が10〜20%小さいことから、ペロブスカイトよりも高エントロピー相であることが予想されます。すなわち、本来は安定なペロブスカイトになるところが、無容器プロセスによって図1に示したTE,ms以下まで大きく過冷した結果、高エントロピー相である六方晶の結晶が、準安定相として生成したことを物語っています(図3)。実際、同じ無容器プロセスでも、TE,s近傍で無理やり凝固させると安定相のペロブスカイトが出現します。

図2
図2 無容器プロセスにより生成されたLnFeO3(Ln=La, Lu)の表面形状
Lnイオン半径の大きいLaFeO3では滑らかな球面形状を取るが、小さいLuFeO3ではごつごつした多面体状に変化する。


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